A病院事件(札幌高判令4・3・8) 退職願は未提出、口頭の辞意表明撤回できるか 一審を覆して合意解約成立
退職願を提出せず口頭での退職申出は撤回したなどとして、未払賃金等を求めた事案。一審は確定的な退職の意思表示とはいえないとしたが、二審の札幌高裁は事務部長との面談で退職日を決定した後の撤回は効力がないとした。退職願を提出するよう就業規則に規定していたが、個別の合意が優先するとしている。同部長が退職するなら懲戒処分しないと告げたが強迫したとも認められない。
面談時に日付決定 手続き限定されず
筆者:弁護士 渡部 邦昭(経営法曹会議)
事案の概要
労働者甲(一審原告)は、平成19年4月1日医療法人である乙病院(一審被告)との間で期間の定めのない労働契約を締結し、乙病院の臨床検査科において臨床検査技師として稼働し、令和2年1月20日当時、科長代理の役職に就いていた。
令和元年9月頃、臨床検査技師がわずか1カ月の間で2人も退職したことを受けて調査を行ったところ、甲が医師の指示なく検体検査をしたこと等の複数の非違行為の存在が確認された。そこで、事務部長Aは、同年12月2日、甲と話合いの場を持ち、同月5日、面談を行うこととなった。上記2日の話合いの場で甲は非違行為の一部を認めたため、Aは甲に対し、乙病院としては厳しい処分を検討しているが、甲が自主退職するのであれば、乙病院としては処分しない、などと述べ、同月5日の面談の際に甲の回答を聞く旨を伝えるとともに、同月5日までの自宅待機を命じた。その際甲が、自主退職しない場合解雇になるのか、と尋ねたのに対し、Aは分からないと答えた。
甲とAらは同月5日に面談したが、その際甲はAに対して「退職さし(原文ママ)ていただきます」と述べ、A及び事務職員Bはこれを受けて、甲の退職を前提に打ち合わせをしたりした。そして、甲の退職日を令和2年1月20日と決定し、退職後の健康保険の任意継続についても確認した。
乙病院の就業規則19条1号には、「自己の都合により退職願を提出して病院が認めたとき」は「退職する」との定めがある。Bは5日の面談時に甲に退職願の作成を求めたが、甲が印章を持ち合わせていなかったことからBは甲に対して退職願用紙を交付して、後日郵送として処理することになった。しかしその後、甲は令和元年12月16日、弁護士に相談し、同月20日に到達の同月19日付の書面により退職の申込みを撤回した。
甲は労働契約は合意退職により終了していない、として労働契約上の地位確認および未払賃金等の支払いを求めて、乙病院に対して訴えを提起した。
一審判決(札幌地裁苫小牧支判令3・1・29)は甲と乙病院との労働契約は令和2年12月5日の合意退職によって終了したとは認められないとして、甲の請求を認容した。
本判決は控訴審判決である。本件の争点である口頭での合意解約による労働契約の終了の有無について、本判決はおよそ以下のように判示して、一審判決を取り消して甲の請求を斥けた。…
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