朝日火災海上保険事件(平5・2・3神戸地判) 企業合体により労働条件の不利益変更をしても有効か

1993.09.06 【判決日:1993.02.03】
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必要性など合理性あれば

筆者:弁護士 渡部 邦昭(経営法曹会議)

事案の概要

 会社(朝日火災海上保険株式会社)は、昭和26年2月28日に設立され、昭和40年2月1日、興亜火災株式会社の一組織である鉄道保険部と合体した。甲(原告)は、昭和28年、鉄道保険部に入社し、本件合体により会社の従業員となった。鉄道保険部従業員は、全損保労働組合鉄保支部を組織していて、甲もこれに加入していた。また、会社の従業員は本件合体前から全損保朝日支部(旧朝日支部)を結成していたが、本件合体後に、鉄保支部を統合して全損保朝日支部(現朝日支部)となった。

 鉄道保険部は、昭和31年10月27日、従業員の定年を満60歳とする、ただし、5年以内に限り継続雇用することができる旨の就業規則を制定、昭和37年11月1日に鉄道保険部は鉄保支部との間に従業員の定年を満63歳とする労働協約を締結し、就業規則の定年制の定めも、満63歳に改めた。本件合体の直前に、鉄道保険部と鉄保支部とは、鉄道保険部の従業員の合体後の定年制等を現行のとおりとすることを定めた。鉄道保険部と会社は、昭和40年1月28日、鉄道保険部の就業規則等は合体後も当分の間、そのまま会社において承継する旨の覚書を取り交わした。

 また、会社は、本件合体に先立ち、昭和39年11月13日、旧朝日支部との間で、労働協約の統一化を図ることにより定年制等の労働条件の一本化を行う場合には労使協議して決定する旨協定を締結した。本件合体により鉄道保険部の従業員の内428名が会社に雇用された。

 会社は昭和58年7月11日、現朝日支部との間で従業員の定年制に関して、満57歳をもって定年とする旨の労働協約を締結した。そして、会社は、昭和58年7月11日、退職金規定を、右の労働協約に合わせて改定した。甲は昭和61年8月11日、満57歳に達したので、会社は、甲との雇用関係は同日をもって終了したとして取り扱った。甲は、右の労働協約および改定退職金規定は、効力を有しないので、定年退職の時期は満63歳に達した翌年度の6月末である平成5年6月30日であるとして、会社に対し労働契約上の権利を有する地位があるとして提訴した。

判決のポイント

 本判決の争点は、次の2つである。第1は、会社が本件合体により、甲が合体前勤務していた鉄道保険部における労使協定に規定される満63歳ないし満65歳定年制を含む労働契約を承継したか否か。また、このような労使慣行があり、本件合体後もこのような労働契約が成立しているといえるか。第2は、合体後、新しく57歳定年制の労働協約が締結されたが、これは甲にとって不利益な協約であり、労働条件の不利益変更をともなう協約も甲に適用されるか。

 本判決は、第1の争点、合体時の定年制等につき、労働契約を承継したのか否かについて、合体時締結された合体協定は「定年制は現行通りとする」と規定しており合体後の労働条件に触れたものであり、定年が将来変更を予定されたものであっても、契約内容の変更があるまでは、その契約の保護をうけるとして、労働契約は承継されたとしている。しかし、63歳ないし65歳定年の労使慣行については、労使慣行があったとされるためには、①同種行為又は事実がある程度の期間反復、継続されていること、②当事者が明示的にこれによることを排斥していないこと、③労使間に慣行に従う規範意識があることを必要とすると述べ、合体時に、会社は国鉄出身の国鉄永退社員と甲など鉄道保険部出身の鉄保プロパー社員についての65歳定年制は一貫して否定しており、65歳定年制慣行の成立は認められないとした。

 次に第2の争点について。本判決は、労働協約の内容が組合員にとって不利益である場合でも協約の効力が及ぶ場合の判断基準を次のように判示した。即ち、労働協約のいわゆる規範的効力は、その内容が組合員に不利益であっても、標準的、画一的な労働条件を定立するものであり、また労働組合の団結権と統制力、集団規制力を尊重することにより労働者の労働条件の統一的引き上げを図ったものと解される労組法16条の趣旨に照して特定の労働者を不利益に扱うことを積極的に意図して締結されたなどその内容が極めて不合理であると認めるに足りる特段の事情がない限り、不利益を受ける組合員に及ぶものである。労働協約の内容が不合理であると認めるに足りる特段の事情があるか否かを検討するについては、不利益の程度、ほかの組合員との関係、協約の締結、改定に至った経緯、代償措置、経過措置、同業他社ないし一般産業界との比較など諸事情を斟酌して総合的に判断しなければならないと述べ、新労働協約の合理性につき、退職金は670万円程不利益になること、ほかの組合員の60歳定年制の慣行はないこと、代償措置として42万円の代償金支払いがあり、協約締結時57歳の者は62歳まで再雇用される経過措置があること、業界の水準に照らして低くないことなどをあげ協約には合理性があると判示した。

平成5年9月6日第1975号10面 掲載
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