【国土を脅かす地震と噴火】46 関東大震災④/伊藤 和明

2019.01.31 【労働新聞】
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乗客だけ土砂から逃れる

NPO法人防災情報機構 会長
元NHK解説委員
伊藤 和明 氏

 関東大震災は、東京や横浜での大規模な都市火災が際立っているため、地震とともに発生した大津波や、山地の各所で起きた山崩れなどについては、あまり注目が集まっていない。しかし、現実に相模湾沿岸には大津波が襲来しているし、箱根や丹沢山地では土砂崩れが多発している。

 関東地震は海域で起きた巨大地震だったから、当然のことながら大津波が発生した。津波は伊豆半島東岸から相模湾沿岸一帯、さらには房総半島の南岸までをも襲った。

 熱海には地震発生から約5分後に津波が襲来し、湾奥で波高12メートルとなり、50戸ほどが流失した。伊東でも、9メートルの津波によって300戸あまりが流された。伊豆大島の岡田港にも12メートル、房総半島南端の相浜でも9メートルの津波が襲来している。鎌倉や逗子では、5~6メートルの津波によって多数の家屋が流失し、海岸にあった別荘のほとんどが流されたという。

 9月1日といえば、まだ夏の延長だったから、海岸には多くの海水浴客がいた。『神奈川県史』によると、由比ヶ浜の海水浴場にいた約100人と、江の島の桟橋を渡っていた約50人が津波の犠牲になったといわれる。

 一方、激震に見舞われた南関東では、山崩れや崖崩れが多発した。横浜や横須賀では集落の背後にある急斜面が崩れ、多数の家屋が押しつぶされた。丹沢山地では無数の崩壊が発生したため、山容は一面に白い地肌をむき出しにした荒々しい姿に変わってしまった。

平成31年2月4日第3195号7面 掲載

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