【国土を脅かす地震と噴火】34 濃尾大地震㊦/伊藤 和明

2018.10.18 【労働新聞】
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発生の74年後に後遺症が

根尾谷に現れた地震断層

 濃尾地震は、北西~南東の向きに走る大きな断層帯で発生した内陸直下の巨大地震であった。断層帯の活動した範囲は、延長約80キロにわたっている。

 震源地の根尾谷を中心にして、著しい地表地震断層が出現した。とくに水鳥(みどり)村では、上下変位5~6メートル(北東側が隆起)、水平変位2~4メートルの左横ずれ断層を生じた。

 この断層崖は「根尾谷断層」と呼ばれ、国の天然記念物に指定されている。現在も国道沿いで観察することができ、代表的な地震断層として、その写真が地震関係の書物や地学の教科書などに掲載されている。また、根尾谷の現地には「地震断層観察館」が建てられている。地下には、掘り下げられた断層の断面が保存されており、断層の姿を鮮明に観察することができる。

 濃尾地震が発生したとき、断層の真上にあった根尾村では、ほとんどの人家が倒壊するとともに、左右の山の斜面が至る所で崩壊を起こし、山容は一変してしまった。田畑は位置を変え、橋も道路も土砂に埋まって、原形をとどめないありさまとなった。

 このように、濃尾地震では大規模かつ広域にわたる山地災害が発生したのである。

 根尾川は、崩壊した大量の土砂によって堰き止められ、流域の8カ所で天然ダムが形成された。このうち最大のものは、幹線道路を遮断したため、以後大正時代まで、船を使って交通の便を計らねばならなかったという。

平成30年10月22日第3181号7面 掲載

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