『安全衛生眺めてみれば』の連載記事

2024.05.10 【安全スタッフ】
【安全衛生眺めてみれば】第10回 スキー場と階段の斜度 NEW

 若いころ、私はスキーが好きでした。新婚旅行は、北海道の大雪山系の旭岳スキー場で過ごしましたし、カナダのロッキー山脈まで滑りに行ったこともあります。高齢者になってスキーは引退しましたが、心のどこかでは、また体を鍛えてスキーに行きたいと秘かに思っています。三浦雄一郎さんのお父上は90歳を過ぎてモンブランでスキーをされたらしく、自分だって訓練……[続きを読む]

2024.04.26 【安全スタッフ】
【安全衛生眺めてみれば】第9回 エスカレーターの片側

 最近、空港や駅のエスカレーターで、「歩かないで下さい」という注意書きが方々に掲示されるようになりました。しかし、エスカレーターの片側は、歩く人のためにいつも空けてあり、そこでは必ず人が歩いています。東京消防庁の搬送データによると、東京都内だけで、毎年1400人前後がエスカレーターの事故で搬送されており、その9割以上が転ぶ・落ちる事故とな……[続きを読む]

2024.04.10 【安全スタッフ】
【安全衛生眺めてみれば】第8回 軍需工場の安全標語

 私の故郷は九州北部の佐賀県です。その北西部にある伊万里湾は、鎖国中の江戸時代に有田焼を世界に輸出し、「古伊万里」と呼ばれるようになったほどの秘密の国際港でした。そのような密輸出港らしく、伊万里湾は、急峻な山肌に守られて、攻めるに難い天然の要塞となっています。  そのため、太平洋戦争時には旧海軍の造船所が設けられ、特攻兵器である人間魚雷も……[続きを読む]

2024.03.27 【安全スタッフ】
【安全衛生眺めてみれば】第7回 集団就職列車の少年たち

 昭和40年代の初め、中卒者の進学率は60%程度で、進学をしない残りの40%は故郷を離れ、工業地帯に就職するのが普通でした。毎年、集団就職列車に乗って駅に降り、不安そうな表情をしている幼い彼らの光景が、当時の春先の風物詩でした。監督官としての私の初任地の浜松も、このような少年、少女たちを多数受け入れていました。  浜松には大小の下請工場が……[続きを読む]

2024.03.12 【安全スタッフ】
【安全衛生眺めてみれば】第6回 製品ではなく作品を作る

 横浜市の鶴見区の海岸に、東亜鉄工という企業があります。この会社の一隅には、浅野財閥の総帥、浅野総一郎さんの銅像が立っており、その傍には、「埋立稲荷神社」が鎮座しておられます。ここは、大正時代に京浜工業地帯を埋立て・造成した、日本最初の海洋土木会社である鶴見埋築㈱の後身の企業、という古い由緒のある会社なのです。そういう企業なので、工場で働……[続きを読む]

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