【人事の小窓 ちょっと道草】”労務屋”が会社を守る/森永 賢治

2013.04.08 【労働新聞】

 私の社会人としての門出は、昭和40年代の終盤で、ちょうど第一次オイルショックの頃でした。日本社会はまだ人口増加に悩みを持ち、「企業戦士」になって生き抜くことが、若者のある種目的のようでもありました。人の倍頑張り、人の倍稼ぎ、人の倍速く昇進することが求められ、競争を顕わにして国内全体が生産強化へと邁進していったのです。

 わが社は外資系飲料製品の製造・販売業ですが、今でこそ当たり前になったルートセールスを先駆けて導入し、当時はまだ珍しかった「製造直販」を行う野心的な企業でした。

 あの頃はとにかく力強い社員が続々と誕生していたのを思い出します。…

筆者:ジャパン福岡ペプシコーラ販売㈱ 管理本部 森永 賢治

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掲載 : 労働新聞 平成25年4月8日第2916号5面

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