【国土を脅かす地震と噴火】41 桜島の大正大噴火㊥/伊藤 和明

2018.12.13 【労働新聞】
  • TL
  • シェア
  • ツイート
  • クリップしました

    クリップを外しました

    これ以上クリップできません

    クリップ数が上限数の100に達しているため、クリップできませんでした。クリップ数を減らしてから再度クリップ願います。

    マイクリップ一覧へ

    申し訳ございません

    クリップの操作を受け付けることができませんでした。しばらく時間をおいてから再度お試し願います。

溶岩流出により陸続きに

NPO法人防災情報機構 会長
元NHK解説委員
伊藤 和明 氏

 強烈な火山性地震に見舞われた鹿児島市では、多くの家屋が倒壊したうえ、土砂崩れや無数の地割れが発生した。城山よりも東の海岸沿いの地域はとくに被害が大きかった。家屋や煙突が倒れ、屋根瓦が飛散する一方で、桜島の噴火による轟音が響きわたり、市民は恐怖のあまり、ただ狼狽するばかりだったという。

 この地震による全壊家屋は、鹿児島市で39棟だった。鹿児島市と周辺を合わせた死者は29人を数えた。死者のなかには、郊外へ避難する途中で崖崩れに遭い死亡した9人が含まれている。また、この地震に伴い、小規模ながら津波が発生し、港に係留されていた小型の船が破損した。

 激しい噴火活動は、翌1月13日の夜まで約1日半続き、この日の午後8時過ぎには、西側の火口付近で火砕流を伴う噴火が発生している。海岸に連なる家屋が、高温の火砕流で焼失した。

 この火砕流噴火を境にして、西側山腹と東側山腹にそれぞれ開いた火口から、溶岩の流出が始まった。西側山腹から流出した溶岩は、1月15日の夕方には海岸線にまで達し、2~3日後には、500メートルほど沖合いにあった鳥島を埋没してしまった。

 一方、東側の火口から流下した大量の溶岩は、黒神や瀬戸の集落を埋没し、さらに桜島と大隅半島とを隔てていた瀬戸海峡を埋め立て、1月30日ごろには、桜島と半島とを陸続きにしてしまった。

 西側山腹での活動はほぼ2カ月で終了したが、東側山腹では、翌1915年の春まで活動が断続的に続いたのである。

平成30年12月17日第3189号7面 掲載

あわせて読みたい

ページトップ