【国土を脅かす地震と噴火】40 桜島の大正大噴火㊤ 井戸水が沸騰し海面変色/伊藤 和明

2018.12.06 【労働新聞】
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1万メートルにも達した噴煙

 1914年(大正3年)1月、鹿児島県の桜島火山が大噴火を起こし、周辺に大規模な災害をもたらした。日本の活火山のなかでも最も激しい活動を続けているこの火山が起こしたいわゆる「大正の大噴火」は、20世紀以降の日本の火山活動のうちでも最大規模の噴火として知られている。

 桜島火山は、2万6000年ほど前に、姶良カルデラの南縁に誕生した火山である。以後、活発な噴火活動を繰り返してきた。歴史時代になってからも、764年(天平宝宇8年)、1471~76年(文明3~8年)、1779年(安永8年)、1914年(大正3年)、1946年(昭和21年)に大噴火を発生させている。

 桜島は、北岳(1117メートル)と南岳(1060メートル)という2つの成層火山から成っていて、有史以後の噴火は、すべて南岳の山頂および山腹から発生してきた。

 室町時代に起きた文明の噴火では、東側と南西側に大量の溶岩を流出し、降下噴出物によって多くの家屋が埋没し、多数の死者が出たと伝えられる。

 1779年11月8日に始まった安永の大噴火では、数日前から地震が頻発し、前日には井戸水が沸騰したほか、海面に変色水域が現れるなど顕著な前兆現象が認められていた。当日の午後2時頃、南側の山腹、次いで北東側の山腹で大規模な軽石噴火が発生、火砕流を流出した。続いて溶岩の流出が始まり、南側・北東側それぞれに溶岩流は海岸にまで到達している。山麓に大量の噴石が降り注いだため、150人あまりが死亡した。さらに、北東側の沖合いで海底噴火が発生し、9つの小島を生成した。うち4島が現在も残存している。

 大正の大噴火が始まったのは、1914年1月12日だった。このときも、大噴火に先立つ前駆的な現象が広範囲に発生している。

 桜島では、噴火の1~2カ月前から、一部の集落で井戸の水位が低下し、干潮時に水の汲み取りができなくなるなどの異変がみられた。また、噴火が始まる数日前から有感地震が多発した。噴火当日の早朝には、それまで水位が低下していた井戸で、反対に水位が上昇した。桜島の東海岸では大量の熱水が湧き出るなど、様ざまな異常現象が観察されていた。

 桜島火山が大噴火を開始したのは、1月12日の朝10時過ぎであった。10時5分、まず西山腹の引ノ平付近で噴火が始まり、その約10分後には、東山腹の鍋山の上方から噴火を開始した。噴火の勢いは急激に増大し、轟音を伴いながら猛烈な黒煙を噴き出した。10時半ごろ、噴煙は1万メートルもの高さに達するとともに全島を覆ってしまった。高温の噴石が降下したため、東桜島の黒神や瀬戸の集落では火災が発生して、多数の家屋が焼失し、有村温泉も火炎に包まれた。

 さらに、噴火開始から8時間あまりを経た午後6時28分、今度は桜島と鹿児島市の中間海域で、M7.1の大地震が発生した。この地震では、九州一円で有感となったのだが、これまで日本列島で起きた火山性地震としては、最大規模のものであった。

筆者:NPO法人防災情報機構 会長 元NHK解説委員 伊藤 和明

〈記事一覧〉
【国土を脅かす地震と噴火】40 桜島の大正大噴火㊤ 井戸水が沸騰し海面変色/伊藤 和明
【国土を脅かす地震と噴火】41 桜島の大正大噴火㊥ 溶岩流出により陸続きに/伊藤 和明
【国土を脅かす地震と噴火】42 桜島の大正大噴火㊦ 測候所を信じ対応に遅れ/伊藤 和明

この連載を見る:
平成30年12月10日第3188号7面 掲載

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