【国土を脅かす地震と噴火】42 桜島の大正大噴火㊦/伊藤 和明

2018.12.20 【労働新聞】
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測候所を信じ対応に遅れ

NPO法人防災情報機構 会長
元NHK解説委員
伊藤 和明 氏

 桜島では、1914年の大噴火そのものによる死者・行方不明者は30人であった。巨大噴火だったわりには、人的被害は比較的少なかったといえよう。これは、大噴火の前に発生した様ざまな異常現象を目の当たりにして、多くの島民がいち早く避難したことにもよる。おそらく、130年以上前に起きた安永大噴火の教訓が、人々の間に伝承されていたためと思われる。

 死者30人のうち20人は、対岸まで泳ぎ着こうとして、冷たい冬の海で溺死した人たちであった。

 一方、避難が遅れて被災した島民は、鹿児島測候所の見解を信じて島に残っていた、主に知識階級の人々であった。1月12日に大噴火が発生する前、異常現象が多発しているなかで、東桜島村長・川上福次郎は、鹿児島測候所に何回も問い合わせたのだが、そのたびに測候所からの回答は、「桜島ニハ噴火ナシ」ということであった。

 当時の測候所には、旧式の地震計が1基あっただけで、地震や火山の専門家もいなかった。日本の火山学そのものも、まだ貧弱な時代であった。

 当時の鹿児島測候所長・鹿角義介は、翌月発行の『気象集誌』に次のような報告を載せている。

 「一月十一日午後八時ごろ、東桜島村長に地震に伴う異変の有無を電話で聞いたところ、地震が強く、かつ多いほかは何等の現象なしとのこと。私は、火山的地震であることは認めたが、桜島火山に異変がおこるかどうかは科学的には分からぬが、恐らくこのようなことはないだろうと村長に答えた」。

 測候所が最後まで「桜島に噴火の恐れなし」といい続けたため、県庁や警察など行政の対応が遅れた。災害の後、大噴火の発生を予見できなかったことに対して社会の不満が爆発し、測候所は激しい非難を浴びたのである。

平成30年12月24日第3190号7面 掲載

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