【国土を脅かす地震と噴火】59 福井地震㊤ 激震と火災で福井市壊滅/伊藤 和明

2019.05.09 【労働新聞】
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倒壊した大和百貨店

 戦後の社会的混乱が治まりかけた1948年6月28日の午後4時13分、福井平野の直下を震源とするM7.1の地震が発生した。福井市はほとんど壊滅状態となり、被災地全体で3769人の犠牲者を出すに至った。地盤の軟弱な沖積平野の真下で発生した地震だったため、地表は激甚な揺れに見舞われ、地震の規模の割に甚大な災害をもたらしたのである。

 被害は福井、丸岡から吉崎に至る南北約15キロの狭い範囲に集中した。森田町や丸岡町など、家屋の全壊率がほぼ100%に達した地域もあった。

 震源地の周辺では、激しい揺れが30~40秒も続いた。大半の家屋は、揺れが始まってから5~15秒で倒壊したともいわれる。戦後の復興期に建てられた耐震性の低い家屋が激震に襲われたため、瞬時に倒壊したのである。

 福井市では、総戸数1万5525戸のうち、1万2425戸が全壊、全壊率は80%を超えた。被災地全体では、3万5000戸あまりの家屋が全壊したという。

 さらに被害を拡大したのは、火災の発生であった。地震とほぼ同時に、福井市内だけでも24カ所から出火し、周辺に燃え広がって2000戸あまりが焼失した。木造モルタル造りの映画館が火に包まれ、観客ら数百人が亡くなったとも伝えられる。福井市の中心部にあった鉄筋コンクリート造り7階建ての大和百貨店は、15度ほど傾いたうえ火災にも見舞われ、無残な姿をさらす結果となった。折から福井市を訪れていたアメリカ・ライフ誌の記者が、被災した大和百貨店を撮影し、その写真を同誌に掲載したため、一躍国際的に知れわたることとなった。福井震災の象徴と位置付けられている。

 鉄道の被害も著しかった。上野発米原行きの列車をはじめ、2本の列車が脱線転覆した。また、鉄道線路が波打ったり、蛇行したりするなどの被害が生じたほか、九頭竜川や足羽川、日野川などにかかる13の鉄橋が落下した。

 各所で地盤の液状化による地割れや陥没、泥水の噴出なども発生した。福井市和田出作町では、水田で草取りをしていた女性が、地割れに挟まれ死亡している。地割れによって死者が出たのは珍しい事例として、学会でも注目されたという。

 坂井郡吉崎村の浜坂では、高さ60メートルほどの砂丘が大崩壊を起こし、民家13戸が埋没、23人の死者が出た。九頭竜川や足羽川などの堤防は最大5メートルも沈下し、各所で亀裂や崩壊を生じた。これが、1カ月後の大水害を引き起こす原因となったのである。

 7月23~25日にかけて、梅雨末期の集中豪雨が福井地方を襲った。地震で地盤がゆるんでいたうえ、戦時中の乱伐で山が荒れていたため、無数の土砂崩れが発生した。7月25日午後から激しさを増した豪雨により、九頭竜川左岸の堤防が決壊、平野は一面泥の海と化してしまった。足羽川や荒川なども氾濫し、溢れ出た水が市街地に流れ込んだ。当時の福井市総面積の約6割が浸水、総戸数の約4割が被災したという。まさに、地震と豪雨による複合災害の様相を呈したのである。

筆者:NPO法人 防災情報機構 会長 元・NHK解説委員 伊藤 和明

〈記事一覧〉
【国土を脅かす地震と噴火】59 福井地震㊤ 激震と火災で福井市壊滅/伊藤 和明
【国土を脅かす地震と噴火】60 福井地震㊦ 震度7を新たに設ける/伊藤 和明

この連載を見る:
令和元年5月13日第3208号7面 掲載

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