【国土を脅かす地震と噴火】56 三河地震 犠牲になった疎開児童/伊藤 和明

2019.04.11 【労働新聞】
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 大災害となった1944年(昭和19年)12月の東南海地震から37日後に当たる45年1月13日の未明、3時38分に愛知県南部を震源として三河地震が発生した。深溝(ふこうず)断層の活動による地震で、規模はM6.8、地表には延長約9キロ、垂直変位が最大2メートルの地震断層が生じた。

 被害は渥美湾沿岸の幡豆郡でとくに大きく、形原町(現・蒲郡市形原)などを中心に、死者2306人、家屋の全壊7221戸を数えた。東南海地震からひと月あまり、米軍機による空襲が続くなか、前月の大地震の痛手から立ち上がろうとしていた矢先の直下地震であった。…

筆者:NPO法人 防災情報機構 会長 元・NHK解説委員 伊藤 和明

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平成31年4月15日第3205号7面 掲載

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