『想いはせれば』の連載記事

2021.01.13 【安全スタッフ】
【想いはせれば】第146回 新たな事態こそ温故知新で NEW

▶今から約60年前の昭和36年(1961年)の労災死亡者は6721人、休業8日以上の死傷者は約48万人、労働者千人当たりでは23.2件でした。令和元年の死亡者845人、死傷者(休業4日以上)約12.5万人と比較すると、当時は大変な状態だったことが分かります。  そのころ(昭和30年後半)、私は常駐業者を含めて約1500人規模の化学工場の専……[続きを読む]

2021.01.05 【安全スタッフ】
【想いはせれば】第145回 牛首を懸けて馬肉を売る

▶私が「トンカツ」なるものを食べたのは、昭和30年代の始めに九州・福岡から東京に出てきてしばらく経ってからです。知識としてはあったものの、初めて食べたときは「これぞ西洋料理!」と感激したものでした。  当時私の田舎では、肉といえば牛肉で、豚肉は売られていましたが、現在と反対で豚肉ははるかに高かったようです。全国的にもそのようでした。  最……[続きを読む]

2020.12.10 【安全スタッフ】
【想いはせれば】第144回 労働災害の影に飲酒?

▶毎年12月、年末のボーナスの後には、連日の飲み会や忘年会で昼間はふらふらの状態でした。それは呑兵衛の私だけでなく、40~50年前当時の多くの「勤労者」の状態でした。  工場では、毎年年末の12月は、納期に追われた急ぎの作業や年末・年始休業に備えての4Sや設備・機械の点検・整備などの「非定常作業」などが立て込んで職場では混乱の極みでした。……[続きを読む]

2020.11.26 【安全スタッフ】
【想いはせれば】第143回 昔の方言、現代の方言

▶「この工具、かたしとけよ」「はぁ?」「ロッカーにしまっとけと言ってんだ」「分かりました。すぐになおしておきます」「誰が直せと言った」「はぁあ?…」。これは私が九州から東京に出てきて工場で臨時工をしていたころ、東京育ちの先輩との現場での会話です。  東京では「片付ける」ことを「かたす」と言い、私の出身の福岡地方では「なおす」と言っていまし……[続きを読む]

2020.11.10 【安全スタッフ】
【想いはせれば】第142回 業務上にならなかった腰痛

▶私が「ひどい腰痛」に見舞われたのは20代後半のときでした。当時、化学工場で3交替の勤務体制のなかで働いていて、労働の内容は化学製品の袋詰め(20kg)などの「肉体労働(重筋労働)」が大半を占めていました。  当時は3直3交替の勤務形態で、5日ごとの交替でした。その3直(夜勤)の5日目の朝、私は腰に違和感があったものの、工場の風呂に入って……[続きを読む]

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