【元漫才師の芸能界交友録】第16回 藤井フミヤ② 預かったままの包装紙/角田 龍平

2019.10.31 【労働新聞】
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店主にサインをしたためた
イラスト・むつきつとむ

 「われわれの認識としてはお預かりしているものでございまして、必ず返すという認識でございます」。2019年9月、関西電力の役員らが、福井県高浜町の元助役から多額の金品を受領していたことが発覚した。関電の社長の記者会見での発言を、不合理な弁解と一刀両断にしたいところだが、私にはその資格がない。

 17年11月25日。「藤井フミヤのオールナイトニッポンプレミアム」の収録を控えた私は、東大路から清水の八坂の塔へ続く石畳の坂道を少し上がると、小さな間口の漬物屋の暖簾をくぐった。フミヤさんへの京都土産に漬物を見繕ってほしいというと、顔馴染みの店主は「このメガネ、フミヤさんが掛けているものを探して買ったんです」とつるに手を添え喜んだ。

 という話を、翌日、ニッポン放送のスタジオですると、漬物屋の店主と同じ丸いメガネをしたフミヤさんが、矢庭に漬物の包みを解いて、包装紙にサインペンを滑らせた。「大将に返しといて」。そういってフミヤさんから託されたサイン入りの包装紙を預かったまま2年が過ぎようとしている。

 あくまで預かっているだけで、必ず返すつもりだ。なかなか返せないでいるのは、あたかも御伽噺のようなフミヤさんとの邂逅の痕跡を、この手にとどめておきたいという潜在意識のあらわれなのか。

 浦島太郎は理由もなく竜宮城へ連れて行かれたわけではない。竜宮城での厚遇はいじめられた亀を助けた報奨だった。御伽噺は何もないところから始まらない。フミヤさんとの共演は、「オールナイトニッポンプレミアム」の放送作家である畠山君の推薦がなければ実現しなかった。

 畠山君は、10年前に私がパーソナリティを務めた「オールナイトニッポンR」のリスナーだった。当時は、「間隙を縫う」というラジオネームを名乗って投稿していた。番組が終わり、地上波放送復活をめざしてインターネットラジオを始めると、北海道から上京して放送作家見習いになっていた畠山君が手弁当で手伝ってくれるようになった。

 8年の時を経て、多くの担当番組を抱える放送作家になった「間隙を縫う」が、収録前のスタジオでフミヤさんと膝を突き合わせて談笑している。その様子をサブと呼ばれるスタジオの外の副調整室から眺めながら静かに出番を待った。

 収録が始まると、フミヤさんが翌週から旅するキューバの魅力について語り出した。サブでフミヤさんの落ち着いた声に耳を傾けていると、対面する瞬間が刻一刻と迫っているというのに、不思議と緊張が和らいだ。

 収録が始まり20分が過ぎた頃、私は漬物を持っていない方の手でスタジオの重い扉を開けた。その40分後、再び扉に手を掛け、スタジオから去り行く私に、フミヤさんはいった。「奥さんによろしくね」。

 おそらく、私とフミヤさんの人生が交錯するのは、あの40分だけの一度きりだろう。しかし、フミヤさんと交わした言葉を忘れることはない。この秋、フミヤさんとの約束を果たすため、八坂の塔へと続く石畳の坂道を私は上る。

筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平

この連載を見る:
令和元年11月4日第3231号7面 掲載

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