【元漫才師の芸能界交友録】第18回 大竹まこと 思い出の片隅となって/角田 龍平

2019.11.14 【労働新聞】
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共演時に畏怖の念を抱いた
イラスト・むつきつとむ

 折に触れて、読み返す本がある。書斎で過ごす静謐なひとときに、「結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ」(角川書店)という本を手に取る。大竹まことさんが著したエッセイ集だ。奥付には、「平成16年2月27日初版発行」とある。

 ちょうどその10年前。ダウンタウンの松本人志さんの大ベストセラー「遺書」(朝日新聞社)が出版された。「遺書」の中で大竹さんは、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった松本さんから、島田紳助さん、志村けんさん、そして相方の浜田雅功さんと並び「お笑い界の男ットコ前」と称された。松本さんは、「コメディアンはどこか犯罪者のにおいがしたほうがよい」としたうえで、大竹さんを「『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス』タイプの男ットコ前」と評した。

 ところが、「結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ」では、「鳴かぬなら鳴くまで待とう」タイプのもうひとりの大竹さんが自問自答を繰り返す。

 巻頭のエッセイでは、顔面麻痺を患った大竹さんの動揺を静かに描く。顔の右側の筋肉が動かないと、水を飲めば右端からダラダラとこぼれ、ものを食べると右のホッペタの内側にたまって飲み込めなくなるそうだ。夫婦でそば屋に入った大竹さんは、食後に夫人からきつねうどんの感想を聞かれるが、答えられない。つゆをこぼさず、うどんを右のホッペタにためぬよう顔を傾け食道へ運ぶことに精いっぱいで、味のことを気にしていなかったのだ。夫人の注文したたぬきそばは異常にまずかったという。味覚までなくしてしまったのか。愕然とした大竹さんは、きつねうどんは本当にまずかったのか確認するために再びそば屋を訪れる。

 異常にまずいそば屋という設定が、本来笑えぬ病に可笑しみを与え、厄介な症状に迫真性を持たせる。そば屋の描写も巧みだ。店先の垢抜けないショーケースの中身から、きつねうどんの味を推認させる。エッセイの愛読者であるがゆえ、言葉で対峙しなければならないラジオで一度だけ共演した時は正直畏怖した。

 「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送)出演から2年が過ぎた今年の夏。近所の書店で大竹さんの新刊エッセイ「俺たちはどう生きるか」(集英社新書)をみつけた。「結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ」以来の大竹さんの本である。その日は、何件か古書店も回るつもりでいたが、予定を変更。急いで家に持ち帰り、書斎で頁をめくった。30頁ほど読み進めたところで、私は居住まいを正した。本の中に突然、自分の名前が登場したからだ。

 「共謀罪、私はよくわからんが、表現の自由の幅が狭くなるのは息苦しい。よくわからないと弁護士の角田龍平さんにラジオの生本番で尋ねたら、テロ等準備罪をエロ等準備罪であると仮定すれば、わかりやすいと答えてくれた。つまり、『エロ等準備罪があると仮定した場合、女性と性交もしくは性交類似行為ができたらなあーと友人に話した後、ATMで食事代をおろせば罰せられる可能性がある』と話してくれた」。

 大竹さんの思い出の片隅で抱かれるのなら本望だ。

筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平

この連載を見る:
令和元年11月18日第3233号7面 掲載

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