【元漫才師の芸能界交友録】第35回 明石家さんま② 分厚い質問書にも神対応/角田 龍平

2020.03.26 【労働新聞】
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量の多さに驚いていたが…
イラスト・むつきつとむ

 集団的自衛権行使を容認する閣議決定がされた日の夜。大阪はミナミのライブハウスで、四十路を過ぎた男がふたり、世界で一番平和な論争をしていた。

 モーニング娘。は、『ザ☆ピ~ス!』で「あ~いとしいあの人 お昼ごはん なに食べたんだろう?」と歌った。世界中の人々が、「いとしいあの人」のことを考えていれば、地球上から戦争はなくなるはずだ。ふたりの男の「いとしいあの人」は明石家さんまだった。

 2014年7月1日。「明石家さんま 59回目の誕生日を勝手に祝う会」という奇祭の司会をした。私の隣で口角泡を飛ばし議論していたのは、“演芸墓堀人”の異名を持つ放送作家の柳田光司さんと、明石家さんま研究家のエムカクさんだ。

 “お笑い怪獣”明石家さんまが、まだ杉本高文だった1973年。高文少年の在籍していた奈良商業高校サッカー部が高校総体奈良県予選準決勝で敗れた対戦相手とそのスコアは、ふたりにとって重要な論点だった。ふたりだけの学会では、天理高校相手に3対1または3対2で敗れたという説が通説とされてきた。エビデンスは、さんまさん自身の過去のラジオでの発言である。

 ところが、その夜、柳田さんは通説に真っ向から反する新説を唱えた。通説とはスコアばかりか対戦相手すら異なる新説を、エムカクさんが一笑に付そうとした瞬間だった。柳田さんは舞台上のスクリーンに、昭和48年の高校総体奈良県予選準決勝について報じる当時の地方紙・大和タイムスのマイクロフィルムを映し出した。「奈良女子大学附属5対1奈良商業」。

 吃驚したエムカクさんは、舞台上に持ち込んでいた分厚い参考文献を慌てて紐解いた。「さんまさんが3年生のときの高校総体の奈良県大会は準決勝で天理に敗れたということですが、スコアは3対1との発言もあれば、3対2との発言もあります。得点の経過が知りたいです。よろしくお願いします」というエムカクさんからの質問書に、「3対1?」と答えを書き込んだのは、他ならぬさんまさんだった。

 遡ること5年前。エムカクさんは、さんまさんのラジオやテレビでの発言を基に年表を作成していた。発言の相違や、放送で言及しない部分もあり、年表作りに行き詰ったエムカクさんは、番組収録を終えて新大阪から東京行きの新幹線に乗り込んださんまさんに直談判した。

 「分からないことがあるので、直接質問させていただく機会をいただけないでしょうか」。一ファンの無謀なリクエストにも神対応をみせるのがさんまさんの真骨頂である。「紙に纏めて持ってこいや。それに俺が書いたるわ」。

 しばらくして、再び新幹線に姿をみせたエムカクさんが手にした分厚い質問書の束をみて、流石のさんまさんも目を丸くしたという。煙草の匂いの染み付いた質問書がエムカクさんの手に戻ってきたのは、それから1カ月後のことだった。

 記憶と史実の齟齬を突き付けられ、「明石家さんまヒストリー」の編纂は困難を極めることになる。

筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平

この連載を見る:
令和2年4月6日第3251号7面 掲載

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