【元漫才師の芸能界交友録】第21回 杉作J太郎③ 異性には畏敬の念を/角田 龍平

2019.12.05 【労働新聞】
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本とこの日の写真を娘へ…
イラスト・むつきつとむ

 「昨日はありがとうございました。お話はおもしろいしたのしいし、いなり寿司はおいしいし、お茶はおいしいし、冷房は気持ちいいし、お家の雰囲気はすばらしいし、赤ちゃんはかわいいし、土橋監督の運転で送っていただき、そのすべてに角田さんがやさしくみまもっていただき、ありがたかったです。素晴らしい京都の思い出になりました」。

 手紙をしたためるとき、すぐにグーグルを当てにして「8月中旬 季語」などと検索窓に入れてしまう私には書けない文章だった。テンプレートの時候の挨拶よりも、番茶の味や、冷房の効き具合に言及できるひとでありたい。後日、私がパーソナリティを務めるラジオで本人にそういうと、「円谷幸吉さんの遺書に似てますね。あのとき、私は死のうとしていたのかもしれません」と杉作さんは煙に巻いた。

 2年前の夏。杉作さんは『東映実録バイオレンス浪漫アルバム』(徳間書店)の取材で、岳父土橋亨を訪ねてわが家へやって来た。家ではパパちゃんと呼ばれる土橋だが、東映の実録バイオレンス映画の多くに助監督として携わっていた。

 死者の霊をあの世へ送る五山の送り火を間近に控えた京都は、その日も40度に迫る猛暑日だった。数日後に送り火が灯る大文字山を望む坂の上の家で、パパちゃんは杉作さん相手に物騒な思い出話に花を咲かせて、今は亡き名優たちを弔った。萬屋錦之助、鶴田浩二、若山富三郎、宍戸錠、渡瀬恒彦…。綺羅星のごとく銀幕に輝いた名優たちの逸話に耳を傾けながら、ママちゃんの作ったいなり寿司を頬張るひとときは格別だった。

 取材を終えて帰ろうとする杉作さんに頼んで、生後4カ月の長女をだっこしてもらい写真を撮った。いつか娘が年頃になったら、あの日撮った写真を挟んだ一冊の本を渡そうと思っている。杉作さんが中高生向けに書いた『恋と股間』(イースト・プレス)を。同書で杉作さんは、「小学校くらいから、異性に対する恐れや畏怖、畏敬の念をみっちり叩き込むべき」と力説したうえで、こう論じている。

 「『男と女はわかり合えるはずだ』というのは、ぼくはそれ、あえて言いますが、欺瞞だと思っています。男と女は、わかり合えなくていい。理解しなくていい。共感も必要ない。でも、思いやろう。お互いに思いやろう。わかんなくても思いやれるからすばらしいんじゃないですか。それでじゅうぶんなんです」。

 杉作さんを京都駅まで送っていく車中、パパちゃんは別班監督を務めた『激動の1750日』の一場面を振り返った。山一抗争をモデルにした同作で、日本最大の暴力団神岡組を割って出て八矢会に身を投じた石立鉄男演じる本堂は、淡路島の港で全身に弾丸を浴び、壮絶な最期を遂げる。引き金を弾いたのは、本堂の娘婿で神岡組に残留した趙方豪演じる南原だった。

 もしも南原が本堂の家で同居していたなら、本堂へ銃口を向けることはなかったのではないか。パパちゃんへ銃口ではなく尊敬の眼差しを向ける助手席のマスオさんはそう思った。

筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平

この連載を見る:
令和元年12月9日第3236号7面 掲載

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