【元漫才師の芸能界交友録】第34回 明石家さんま① 本人不在で誕生日を祝う/角田 龍平

2020.03.19 【労働新聞】
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ペン伝いに力を感じた
イラスト・むつきつとむ

 2014年7月1日。『宗右衛門町ブルース』で知られる大阪はミナミのネオン街に建ち並ぶ雑居ビル。幼い顔をした金髪のホストが、エレベーターホール横の案内板を思わず二度見した。ホストクラブの階下にあるライブハウスが、その日のイベント内容を案内板に掲示していた。「明石家さんま 59回目の誕生日を勝手に祝う会」。

 どうやら、彼は「勝手に」の3文字を見落としたらしい。案内板に掲示されている出演者に、明石家さんま本人はおろか、さんまファミリーの村上ショージやジミー大西の名前も見当たらない。そこには、「出演 弁護士角田龍平、放送作家柳田光司、明石家さんま研究家エムカク」と書かれていた。怪訝そうにエレベーターへ乗り込む彼の後を追う。隣に出演者が乗っているとは露知らず、エレベーターの中で彼は再び首を傾げた。

 刑法では犯罪の実行行為を行う者を正犯といい、正犯の実行行為を容易にする行為を行う者を従犯という。住居侵入窃盗をしようとする正犯に頼まれて、見張りに立つ者が従犯の典型例だ。正犯に認識されず、頼まれてもいないのに勝手に見張りに立つ片面的従犯も認めるのが通説だ。

 唐突に刑法の議論を始めたのは理由がある。当連載も30回を超え、交友関係もいい加減尽きてきた。片面的従犯を認めるなら、片面的交友録があっても良い。実は先週の桂文枝さんの回から片面的交友録を試験的に導入していた。時を戻そう。

 ライブハウスの楽屋に姿を現したエムカクさんは、大切そうにスケッチブックを小脇に抱えていた。大阪でテレビの収録を終えて新幹線で東京へと戻るさんまさんに、エムカクさんが請願したのはイベントの数週間前のことだった。「今度、さんまさんのお誕生日を勝手に祝うイベントをさせてもらうんですが、題字を書いていただけませんか?」。

 「ああ、ほうか。ほな、貸してみい」。ファンへの神対応で知られるさんまさんは二つ返事で引き受けると、エムカクさんの持っていたスケッチブックを手に取った。エムカクさんがサインペンの細い方のキャップを外して手渡すと、さんまさんは「太い方や」とだけいって、ペンを握ったまま、太い方のキャップを外せと目くばせした。慌ててエムカクさんはサインペンを引っ張ったが、なかなかキャップは外れない。しばらくふたりはサインペンを綱引きのように引っ張り合った。

 「スパンって最後に取れて、さんまさんがサササササって書きはったんですけど。僕、その時にね、さんまさんの力をね、はじめて感じたんです。さんまさんのグイっという、その力の感触を。うわーって、ぽーっとなって」。

 ステージ上で恍惚の表情を浮かべて回想するエムカクさんへ、本人不在の誕生日会に集まった100人余りの好事家が万雷の拍手を送る。エムカクさんの背後のスクリーンには、本人が書いた「明石家さんま 59回目の誕生日を勝手に祝う会」という題字が大写しになっていた。

 明石家さんま研究家エムカクとは何者か、短期集中連載で追う。

筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平

この連載を見る:
令和2年3月23日第3250号7面 掲載

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