【元漫才師の芸能界交友録】第42回 井上章一⑤ 不文法逸脱の真相は?/角田 龍平

2020.05.21 【労働新聞】
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違法追認からドル箱興行へ
イラスト・むつきつとむ

 「新書大賞2016」を受賞した井上章一先生のベストセラー『京都ぎらい』(朝日新書)。洛中とよばれる京都の街中でくらす人々の洛外の人々に対する優越感や差別意識を「洛中的中華思想」と断じた、いけずな本である。

 同書には、井上先生が洛中的中華思想を目の当たりにした場面が出てくる。ゼロ年代初頭、洛中にあるKBSホールで行われた全日本プロレス京都大会。悪役レスラーであるブラザー・ヤッシーが京都出身の自分が故郷へ帰ってきたとアピールすると、会場から痛烈な野次が浴びせられたという。「お前なんか京都とちゃうやろ、宇治やないか」「宇治のくせに、京都というな」。

 井上先生は、野次られたヤッシーが、洛中の人々をちょろいと思ったのではないかと邪推する。観客の憎しみを買うのが悪役の仕事である。ヤッシーには「洛中の人々は、宇治出身の自分が京都への凱旋をいいつのれば、宇治の分際で京都を名乗るなといきりたつ」という計算があったというのだ。

 今年2月に開催されたプロレス文化研究会では、世話人を務める井上先生が「邪推派プロレス宣言2020 言葉とプロレス」というテーマで基調講演を行った。井上先生のいけずな邪推の矛先は、ヤッシー以外のレスラーにも向けられた。

 1999年1月4日。新日本プロレス東京ドーム大会で、新日本の強さの象徴といわれた橋本真也と、バルセロナ五輪柔道銀メダリストの小川直也が対戦した。プロレスのルールは明文化されていないが、レスラーを拘束する不文法がある。ところが、小川は不文法を明らかに逸脱する攻撃を仕掛けて、橋本を完膚なきまで叩きのめした。いわゆる「1・4事変」である。

 試合後にマイクを握った小川は、憎々し気に目を見開きながら「新日本プロレスのファンの皆様、目を覚ましてください」と叫んだ。「不文法を破るとこうなるんだ」とアピールしたのだ。小川のマイクアピールが呼び水となり、両陣営入り乱れての大乱闘が勃発し、リング上は無政府状態となった。事態の収拾に乗り出した新日本の現場監督である長州力はリングに上がると、「それがお前のやり方か?」と小川に詰め寄った。

 力道山時代からプロレスをみてきた井上先生は、「1・4事変」当時、すでに「目を覚ましていた」擦れっ枯らしのファンだったが、騒乱の一部始終がテレビで放送されたことに驚いた。不文法に反する暴走を追認し、興行につなげるプロレスの奥深さを再認識したという。その後、橋本と小川の遺恨マッチは新日本のドル箱カードとなる。

 井上先生は、長州の小川への発言にも着目した。なぜ、滑舌の悪いことで知られる長州が興奮状態で「それがお前のやり方か?」と明瞭に発音できたのか。井上先生は邪推する。長州は小川が不文法を犯すことを事前に知っていたのではないかと。

 不要不急という他ない邪推だが、憲法19条は思想良心の自由を不可侵の権利として保障している。コロナ禍であろうと、邪推の自粛が要請されることはない。

筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平

この連載を見る:
令和2年5月25日第3258号7面 掲載

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