【元漫才師の交友録】第56回 花房観音② ガイドとして京都を案内/角田 龍平

2020.09.10 【労働新聞】
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劇中の事件現場も紹介
イラスト・むつきつとむ

 「京都で人が殺されていないところはない」。花房観音さんが今年7月に上梓した『京都に女王と呼ばれた作家がいた 山村美紗とふたりの男』(西日本出版社)の帯に書かれた惹句である。過去に殺人事件のあった物件に住む芸人の恐怖体験を描いた映画『事故物件 恐い間取り』が公開中だが、京都は「山村美紗ミステリー」によって、街そのものがもはや事故物件と化している。事故物件は売主・貸主・仲介業者に告知義務があり、告知された者は事故物件を忌避するのが通常だ。しかし、「山村美紗ミステリー」で次々と登場人物が殺される事件現場の京都は、被害者の数に比例して観光客が右肩上がりで増えていった。

 花房さんは作家でありながらバスガイドの顔も持つ。「右手にみえますのは、山村美紗が作中で人を殺した場所でございます」と案内すると、観光客が喜ぶそうだ。京都を舞台にした作品を残した作家は少なくないが、「京都」というジャンルを作ったのは山村美紗さんを措いて他にない。花房さんは『京都に女王と呼ばれた作家がいた』でこう記している。〈京都という街が人を惹きつけるミステリアスな魅力は、山村美紗サスペンスがもたらしたものだ。神社仏閣があり、舞妓さん、芸妓さんのいる花街があり、上品で美味しい京料理があり、ミステリアスで非日常な「京都」。それは山村美紗の描いた「京都」だ〉。

 観光業界が山村美紗さんの創作した「京都」像に便乗して観光客を誘致したように、彼女自身も周囲が創り上げた「ミステリーの女王」という虚像を巧みに利用して本を売った。朝刊に文芸誌の広告が載ると、自分の名前より大きい作家がいないか定規で測り、意に添わなければ出版社に苦情の電話を入れて、京都の家まで編集者を謝罪に来させた等々。漫画チックな女王様のエピソードは枚挙にいとまがない。「トラベルミステリーの第一人者」西村京太郎さんと隣の家に住んだのも、大御所同士で共闘して出版社とのパワーバランスを保つためだった。「ふたりの家は地下の通路でつながっている」とまことしやかに噂されても意に介さず、「ゴシップがあった方が本は売れる」と開き直った。SNSなき時代の早すぎた炎上商法を実践していたのである。もっとも、山村美紗さんと西村京太郎さんの男女の噂を流布する媒体は月刊誌『噂の眞相』しかなかった。というのも、自社に莫大な利益をもたらす両巨頭のプライバシーに踏み込むことは、大手出版社が刊行している雑誌にはできない芸当だった。いわゆる「文壇タブー」である。

 山村美紗さんが逝去してから20年以上たった今も、彼女の評伝を書こうとする花房さんに「文壇タブー」が重くのしかかった。出版業界で生きる者として、できることなら波風を立たせたくなかった。もしかしたら、仕事を失うかもしれない。それでも、花房さんが禁忌を破ったのは理由がある。

 2018年の晩秋。花房さんの友人の作家が、大量の小説のプロットを残して亡くなった。本当に書きたいことを書けぬまま、この世を去った友人の名は勝谷誠彦という。

筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平

この連載を見る:
令和2年9月14日第3272号7面 掲載

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