【国土を脅かす地震と噴火】38 鳥島大噴火㊤ 助かったのはたった1人/伊藤 和明

2018.11.22 【労働新聞】
  • TL
  • ツイート
  • シェア
  • クリップしました

    クリップを外しました

    これ以上クリップできません

    クリップ数が上限数の100に達しているため、クリップできませんでした。クリップ数を減らしてから再度クリップ願います。

    マイクリップ一覧へ

    申し訳ございません

    クリップの操作を受け付けることができませんでした。しばらく時間をおいてから再度お試し願います。

  • コメント

現在の伊豆鳥島の姿

 伊豆諸島の八丈島から南へ約200キロに位置する伊豆鳥島は、国際保護鳥アホウドリの繁殖地として知られている。世界最大の海鳥ともいわれるアホウドリは、かつてはこの島に数万羽生息していて、島を覆いつくすほどだったという。「鳥島」の名が、それに由来していることはいうまでもない。

 鳥島は、他の伊豆諸島と同様に火山島である。標高394メートル、直径約2.7キロのほぼ円形をした島だが、全体としてみれば、太平洋の海底から聳え立っている3000メートル級の活火山で、海上に島として現れている部分は、火山の9合目辺りから上にすぎない。そのため、ひとたび大噴火が発生すれば、噴出物が島中に降り注ぐことになる。

 元は無人島だったこの島に、初めて人が住みついたのは1886年(明治19年)だった。当時の鳥島には、千歳湾と呼ばれた北側の湾に沿って1つの集落があり、50~60戸の家屋が立ち並んでいた。彼らの目的は、アホウドリの羽毛を採取して本土に送ることだった。羽根布団の材料として珍重されていたのである。

 アホウドリは、いともたやすく捕獲することができた。この鳥は体が重いため、危険を察知してもすぐに飛び上がることができない。したがって、棍棒を使えば簡単に撲殺することができた。“アホウ”という不名誉な呼び名も、その鈍重な行動に由来したものである。乱獲によって、鳥島のアホウドリはたちまち数を減らしていった。

 しかし、絶海の孤島にアホウドリの羽毛を求め築かれた人間社会は、移住から16年後、突然姿を消すことになる。

 1902年8月7日、定期船の兵庫丸は、鳥島から1人の青年を乗せて小笠原父島へと向かった。病気の療養が目的だったという。

 兵庫丸が出帆した後、鳥島火山は大噴火を開始したのである。しかし、本土とは隔絶した火山島だったため、噴火の情報はすぐには伝えられなかった。

 大噴火が確認されたのは、8月10日のことである。この日の朝、鳥島付近を通りかかった愛坂丸が、島から猛烈な黒煙が立ち上り、大量の噴石が降り注いでいるのを望見したのである。辺りの海は濁り、家々の破片とともに、多数の遺体が漂流していた。

 一方、鳥島からの青年を乗せて小笠原へ向かった兵庫丸は、横浜港への帰路、8月16日に大噴火を続ける鳥島付近を通りかかった。

 このときの模様について、兵庫丸の船長・川室清造が、本社である日本郵船会社に報告した記録が当時の東京日日新聞に載っている。

 「陸岸に近寄ること三哩乃至一哩の距離に於て絶えず汽笛を以て住民を呼べども更に人影及家屋を見ず。只海底火山の噴出と山頂の黒煙を見るのみ。殊に該島千歳浦の如きは海岸土砂崩壊湾形全く変じ其惨状言語に尽し難く実に惨憺を極む」

 この大噴火で、島民125人がすべて犠牲になった。助かったのは、噴火の直前に島を離れて小笠原へ向かった青年1人だけだったのである。

筆者:NPO法人 防災情報機構 会長 元・NHK解説委員 伊藤 和明

〈記事一覧〉
【国土を脅かす地震と噴火】38 鳥島大噴火㊤ 助かったのはたった1人/伊藤 和明
【国土を脅かす地震と噴火】39 鳥島大噴火㊦ 絶滅からアホウドリ救う/伊藤 和明

この連載を見る:
平成30年11月26日第3186号7面 掲載

あわせて読みたい

ページトップ