【本バンザイ!!】懐かしさに心震える「蟬しぐれ」/鷲尾 賢也

2013.02.18 【労働新聞】

毎月違う職人が登場。(岩崎美術社「西洋職人づくし」より)。

 仕事柄、「どんなものを読んだらいいですか」とか、「おもしろい小説を教えてください」などと聞かれることがある。聞くのは簡単だが、答えるのは意外に難しい。男女差、年齢、性格、志向などによって、好みは大きく変わるからである。

 大多数によろこばれる一冊がある。藤沢周平『蟬しぐれ』(文春文庫)である。映画にもなった。NHK連続ドラマにもなったので、大体のことを知っている人は多いだろう。しかし、実際に読む方が何倍も何十倍も感動する。まだ、読んでいないとすれば、大損である。騙されたと思って書店に行かれたらいい。

 私は、この『蟬しぐれ』を、いろいろな人にずいぶんプレゼントした。700円のお茶代と思えば安いが、いずれにしても読書の押しつけである。相手は、貰った手前、読まなくてはいけないと思うだろう。そのうちに、おもしろさにはまる。必ず、である。

 文庫の解説を担当している文芸評論家の秋山駿がこんな風に書いている。少年の日のように読んで徹夜してしまったのだ。私は文芸批評を始めて30年に達する。本を読むことにかけては、すれっからしである。この『蟬しぐれ』は、そんなすれっからしを少年の心に還してくれた。

 そうなのである。ページを繰るのがもったいない感じになる。だれしもが素直に読み耽ってしまう。

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掲載 : 労働新聞 平成25年2月18日第2909号7面

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