【安全・衛生マン喜怒哀楽】黒四ダム工事の経験から

2012.07.15 【安全スタッフ】
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 労働安全衛生法(昭和47年6月8日)の制定よりさかのぼること16年前。関西電力が社運を賭けて、黒四建設に着工した。ダム・発電所いずれも難工事であったが、日本列島を二分するフォッサマグナの走る北アルプスの横っ腹を発電所機材を搬入する大型自動車群が通過するトンネルが、発電所建設の成否が懸かる最大の難関であった。昭和31年、この大工事は着工され、坑口から1700mの地点で全湧水量480万tに遭遇。日本を代表する山岳トンネルマンたちとの血と汗の苦闘が破砕帯82mを掘り進むため実に半年。不測の事故のため、絶命者もでた。

 この破砕帯との壮絶な闘いを映画化したのが、石原プロモーションと三船プロダクションの映画“黒部の太陽”。平成24年の今日、石原プロの石原まき子会長の発案で東日本大震災の3・11震災義援金として45年前と同じ大型スクリーンで全国各地の劇場・公民館の50カ所で上映することになり、幻の大作は慈善上映される。

 私は当時、熊谷組豊川工場での現場同様のセットの構築と撮影のエキストラの一員だった。安全衛生管理の立場で誌面の都合で極く大雑把であるが、記述してみた。…

執筆:元熊谷組名古屋支店 労務安全部副部長 小泉 利雄

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平成24年7月15日第2166号 掲載

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