【ひのみやぐら】「基本的人間関係」を再確認

2016.01.10 【社説】
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 人の上に立つ者として、教育・指導について考えたことがないというわけではない。むしろ、人はどういういい方をすれば動くのか、どうすれば決め事を守れるようになるのか、試行錯誤の毎日といってよい。同じように悩んでいる読者諸兄も少なくないのではと思うが、今号特集Ⅰをご覧いただけば、解決にグッと近づくはずだ。

 安全衛生教育のプロフェッショナル、中災防安全衛生教育センターの多田敏基講師によれば、効果的な教育・指導の基盤となるものは「基本的人間関係」という。上司は部下の存在を承認する、部下は上司が自分の存在を意識していると確認できる――この作業を欠いていると、基本的人間関係は成立しないとしている。

 一見、当たり前のことにも思えるが、上司は「部下を承認する」ことを怠っていないだろうか。近年は、プレイングマネージャーが多く、純粋に管理だけを職務としている者が減っている。自分の抱える仕事の忙しさのあまり、無視とはいわないまでも、部下の存在を気にかけることが少なくなっていないか。部下が上司の意識下にないと感じてしまうと、モチベーションの低下につながる。タスクに対する成果を期待することが厳しくなるのはいうまでもない。

 また、上司にとって部下を「褒める、叱る」は指導をするうえで避けてはとおれない〝重要項目〟であるが、こちらも基本的人間関係がベースになる。技術的なことでいえば、「いつも、また、毎回」を永久言語、「今回、たまには、時々」とする一時言語を紹介している。褒めるときは永久言語、叱るときは一時言語を使うよう求めた。

 例えば「いつも、助けてくれてありがとう」と「たまには、助けてくれるんだね」では大違いだが、自分で気がつかないうちに一時言語で褒めたりしていないだろうか。「つい、使ってしまう」というのはいいわけにはならない。それは、部下を気にかけていない何よりの証拠といえる。

 上司と部下の基本的人間関係は築けているか――。新しい年を迎えるに当たり、今一度確認してみては。

平成28年1月1日第2249号 掲載

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