【本棚を探訪】第23回『炎環』永井 路子 著/大矢 博子

2022.06.23 【書評】
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北条義時ら4人を活写

 鎌倉幕府草創期を描く大河ドラマ『鎌倉殿の13人』も折り返し地点を迎えた。主人公は小栗旬演じる北条義時だが、武家の中枢にいる源氏の人々や多くの御家人など、群像劇の要素もあり実に見応えがある。

 それにしてもこの時代の権力争いは、戦国時代の国盗りとも、幕末の動乱とも違う。武家社会というそれまで存在しなかったシステムを作り上げるなかでこんなにも「邪魔者を排除するための策略」がものを言うとは。史実だから仕方ないとはいえ、毎週のように誰かが粛清されたり死んだりするからたまらない。その裏に渦巻く、政治の実権を巡る権謀術数。だからこそ面白いのだが。

 その「排除の様子」を複数の視点から描いたのが、永井路子『炎環』である。1964年刊行、氏のデビュー単行本にして直木賞受賞作であり、『北条政子』とともに大河ドラマ『草燃える』の原作として知られている。

 もう60年も前の作品だというのに、文章も史実解釈もまったく古びていないことに驚かされる。それどころか今の大河ドラマの視聴者が読んでも齟齬がなく、おまけにびっくりするほどドラマティックなのだ。

 物語は4つの短編で構成されている。頼朝の異母弟で政子の妹を娶った阿野全成、「13人」のひとりである御家人の梶原景時、政子の妹で3代将軍実朝の乳母だった保子(ドラマでは実衣)、そして北条義時。この4人が各編の主人公だ。

 短編の体裁を取りつつも各編が互いに呼応し合い、ときには補完し合って、まるで長編を読んでいるかのような不思議な読み心地を与えてくれる。

 他の兄弟が次々と粛清される中、じっと息を潜めていた全成の静かな野心。平家方だったにもかかわらず頼朝の命を救い、重臣となるも周囲の御家人たちに疎まれた景時。無邪気でおしゃべりな仮面の下に思わぬ戦略を秘めていた保子。そして、常に頼朝を支え、気付けば執権として幕府を差配するところまで上り詰めた義時。

 4人とも幕府草創の主役として扱われることはほぼない人物だ。義時も今でこそ大河の主役だが、これまでとくに注目されてきた人物では決してない。いわば脇役たちの物語である。しかし脇役たちにもそれぞれ野心と「邪魔者を排除する策略」があったことが如実に浮かび上がる。鎌倉幕府というのは、こうした脇役たちの思惑が重なり合い、思わぬ形で影響し合って作られたものなのだということが、おそろしいほど肉厚に伝わってくるのだ。

 とくに義時の物語が良い。多くの御家人が次々と殺されていくなか、なぜ彼は最後まで生き残ったのか。彼が何をして、そして何をしなかったのか。まるで上質なエスピオナージュを読んでいるかのようだ。

 脇役たちの物語であるがゆえに、頼朝や政子、義経といった主役級の人々についてはある程度知っていることが前提になっている。ドラマを見ていれば問題ないが、『北条政子』とセットで読むとさらに理解が進むだろう。

 大河ドラマのサブテキストとしても、謀略の面白さを味わうエンターテインメントとしても、そして何より波乱の歴史を知る物語としても一級品である。

(永井路子、文春文庫刊、748円税込)

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書評家 大矢 博子 氏

選者:書評家 大矢 博子

書店の本棚にある至極の一冊は…。同欄では選者である濱口桂一郎さん、三宅香帆さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週おすすめの書籍を紹介します。

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令和4年6月27日第3358号7面 掲載

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