【本棚を探索】第15回 『弊社は買収されました!』額賀 澪 著/大矢 博子

2022.04.21 【書評】
  • TL
  • クリップしました

    クリップを外しました

    これ以上クリップできません

    クリップ数が上限数の100に達しているため、クリップできませんでした。クリップ数を減らしてから再度クリップ願います。

    マイクリップ一覧へ

    申し訳ございません

    クリップの操作を受け付けることができませんでした。しばらく時間をおいてから再度お試し願います。

総務部の重要さを描く

 のっけからドキッとするようなタイトルで申し訳ない。だが2021年のM&Aの件数はリーマン・ショック後の最多を記録、「うちは関係ない」なんて保証はどこにもないのだ。

 買収といえば高杉良や池井戸潤など、経営陣の戦いを描いた硬派な企業小説が思い浮かぶだろう。だが額賀澪『弊社は買収されました!』はそれらとはかなり趣が異なる。買収で大混乱に陥る、現場の社員たちを描いた物語なのである。

 主人公は「花森石鹸」という洗剤メーカーの総務部で働いている真柴忠臣。ある朝、ニュース番組で自社が外資系のトイレタリーメーカー・プルーアに買収されることを知り驚愕する。

 慌てて真柴が出社すると社内は上を下への大混乱。どうやら上層部での決定をメディアにリークした者がいるらしい。花森石鹸はプルーアの子会社となり、社名も「プルーア花森」に変更、各部署にプルーア日本支社の社員が入り、一緒に働くことになった。

 当然、社内の仕組みもプルーアに合わせることになる。だが多くの社員は誇りある従来のやり方を変えることに拒否反応を示し、プルーア組に馴染もうとしない。真柴は総務部員として業務統合の事務局に入ったが、双方の板挟みになってしまう。

 たいへんな事態なのだけれど、本書はそんな混乱をコミカルに描いていくのが魅力。外資系のため役職などがすべて横文字になり、「何でも英語にするな!」とイライラしたり、名刺やパンフなどの印刷物がぜんぶ作り直しになったりといった、細かくもリアルな現場の「あるある」に、つい笑ってしまう。

 とはいえ、もちろん笑い事ではない。真柴が最も悩まされるのは、もう買収は覆せないのに従来のやり方に拘泥する中高年社員だ。彼らは決して会社に反旗を翻したいわけではない。やり方を変えるということはこれまでの自分が否定されるように感じてしまうのである。ああ、この気持ち、少し分かるかも。

 一方、若手の考えは少し異なる。営業は足で稼ぐとか毎日日報を手書きするとか、リモートより顔を合わせるのが大事といったような「古いやり方」が買収で変化するのではと期待している者がいる。出産を予定する女性社員は産休などの福利厚生がどう変わるのかを心配する。真柴は円滑な業務統合のため「買収で良いこともある」を社員に分かってもらおうと奮闘するのだが、何が「良いこと」なのか、人によって違うのだ。これを真柴がどう調整していくかが読みどころ。

 何より、総務という部署の大切さを描いているのが良い。直接利益を上げる部署ではないが、総務なしでは会社は1日たりとも回らない。時として忘れられがちなその事実がしっかりと伝わってくる。

 買収という大問題がテーマではあるが、本書のキモは実は買収劇ではない。買収という石を放り込んだことで起きる、いろいろな人間模様の波紋を描いているのである。ここに描かれる出来事は、たとえ買収などがなくても、すべての企業に共通する問題なのだ。

 徹頭徹尾「あるある」の嵐。どんな世代のどんな部署の人にも共感ポイントのある買収エンターテインメントである。

(額賀澪著、実業之日本社刊、1760円税込)

Amazonで購入する 楽天ブックスで購入する

書評家 大矢 博子 氏

選者:書評家 大矢 博子

書店の本棚にある至極の一冊は…。同欄では選者である濱口桂一郎さん、三宅香帆さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週おすすめの書籍を紹介します。

関連キーワード:
令和4年4月25日第3350号7面 掲載

あわせて読みたい

ページトップ
 

ご利用いただけない機能です


ご利用いただけません。