【本棚を探索】第27回『小さき王たち 第一部 濁流』堂場瞬一著/大矢 博子

2022.07.21 【書評】
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「政治と記者」の大河小説

 参議院選挙が終わり、当日の夜は各テレビ局が一斉に開票特番を放送した。

 だが、特番での当選議員の言葉を聞いて、「これを選挙前に知りたかった」と思うことは少なくない。特番は選挙前にやってほしいというのは以前から指摘されていたことだ。その声が届いたのか、今回は複数のテレビ局が前日に(それでも遅いと思う)選挙特番を組むと発表。しかし思いがけない事件で、それらは緊急報道番組へと変わった。

 政治とメディアの関係には時折、妙に不可解なものを感じる。なぜそれを訊かないのか、なぜそこに突っ込まないのか。テレビと新聞に頼っている層と、ネット中心の層とでは、得ている情報に大きな開きがあるようにすら感じるのだ。選挙は政治家を測る場だが、同時にメディアも社会の木鐸たり得るか、国民に測られているのである。

 今回の選挙と事件の報道を見ながら、私は堂場瞬一の『小さき王たち 第一部 濁流』に登場する、ある政治家の言葉を思い出した。「マスコミを増長させてはいけない。常に権力のコントロール下において、こちらの都合で記事を書かせるようにしなければならない」。

 なるほど政治家の立場としてはそうしたいだろう。それに逆らう気概と矜持をメディアは持っているか。

 『小さき王たち』は、新聞記者の前歴を持つ著者が政治と記者の関係をテーマに据えて、ふたつの家系の3世代50年にわたる相剋を描いた大河小説である。

 4月に刊行された第一部は1972年の新潟が舞台だ。主人公は、代議士を父に持ち、その秘書をやりながらいずれは自分も国政に出るつもりの田岡総司と、全国紙の新潟支局で県政を担当する記者の高樹治郎。

 幼馴染みのふたりは田岡の地盤の新潟での再会を喜んだが、その後、田岡は国政選挙で同じ陣営の候補を当選させるべく大掛かりな買収工作に手を染める。買収の情報を得た高樹は田岡が関係しているとは知らないまま、選挙違反を暴くため調査を進める。

 政治家の良心と理想。記者の正義と矜持。そのぶつかり合いが凄まじい。

 もうひとつ、大きな読みどころがある。70年代の描写だ。どこでも喫煙は当たり前、女性は学校を出たら花嫁修行、東京から新潟までは国鉄の『とき』で5時間かかる。関越自動車道は未開通。新潟の実在の店や風景が多く登場し、聖地巡礼ができそうなほどだ。

 続編となる『第二部 泥流』は今月刊行されたばかり。今度は96年を舞台にふたりの息子が主人公となり、やはり政治とメディアの関係が描かれる。パソコンや携帯電話の普及で情報革命が起きるなか、父の代から続く因縁の戦いも別の顔を見せ始める。

 10月刊行予定の第三部が待ちきれないほど、波乱万丈でエキサイティング。時代の流れの中で政治家と記者の関係はどう変化するのか、あるいはしないのか。

 政治小説でありメディア小説であり、ふたつの家系の家族小説でもある。この三部作が堂場の代表作となることは間違いない。

 「誰も、政策になんか注目しないだろう。有権者は、候補者の顔と名前を見て投票する相手を決めるんだ」と田岡は言う。そんなわけあるか、とメディアにこそ否定してほしい。

(堂場瞬一著、早川書房、2090円税込)

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書評家 大矢 博子 氏

選者:書評家 大矢 博子

書店の本棚にある至極の一冊は…。同欄では選者である濱口桂一郎さん、三宅香帆さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週おすすめの書籍を紹介します。

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令和4年7月25日第3362号7面 掲載

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