【本棚を探索】第24回『鉄から読む日本の歴史』窪田 蔵郎 著/東郷 隆

2022.06.30 【書評】
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神話や鉄器伝承など網羅

 近年は、やけに隕石のニュースを目にする。これは地球上に落下する物体が増えたわけではない。SNSの普及によって情報が激増しただけのことである。

 水星と木星の間に群れを成して浮遊する小惑星の欠片は、年平均2000個ほどが我われの足元に落下する。人類が鉄というものを知ったのは、まず、この隕石によってであろう、と研究家たちは考えている。

 それは、古代言語からも推測できる。鉄のことを古くエジプト人は「アルト・ペト(天から降った石)」、古代ギリシア人は「シデーロス(星・落ちる)」。これがラテン語の「シデーラ(隕鉄)」に変化していく。

 世界最古の鉄器文明を持ったとされるヒッタイト人の遺跡から出土した紀元前2300年頃の鉄剣が隕石鉄でできていたことは、ごく最新の科学分析によっても証明されている。

 地球外物質がそう簡単に加工できるはずはない、と思う向きもあるだろうが、実はそちらの方が素人考えである。硫黄分が多い隕石は利用できないが、それ以外の隕鉄は、ニッケルと塩分の含有量が若干多い他は、地球上の磁鉄鉱系砂鉄と、そう大差ない組織構造を有しているという。

 もう十数年ほど前のことである。テレビのバラエティ番組で、明治31年(1898年)、時の農商務大臣榎本武揚が、富山県白萩に落ちた隕石を用いて「流星刀」を数振り作らせたことを紹介していた。

 当時そういう話を作品にしようとしていた私は、片っ端から鉄に関する書籍を読み漁っていたのだが、さる人の紹介で窪田蔵郎(くぼた・くらお)さんと話す機会を得た。博学多識とは、こういう人を言うのか、とその時、一種畏敬の念を持って氏と語り合った。

 場所は、神奈川県某所の小料理屋である。話は古代中国の銑鉄(鋳造)文化から、関東の蝦夷製鉄。中世鋳物師の鉄器信仰。第2次大戦中の鉄不足により、鎌倉で行われた砂鉄取り余話に至る盛り沢山なもので、酒の勢いもあってか、気が付くとその店はとっくに暖簾を降ろしていた。

 あの時、小型の録音機を回しておけば良かったのにと、今は悔やむ事しきりである。

 現在、私の手元にある窪田氏の著作は、『鉄の考古学』『鉄の生活史』『シルクロード鉄物語』『鉄の文明史』『鉄の民族史』だが、一部を除いて図書館、大型書店でも入手困難なのは、残念なことだ。しかし、ここで紹介する『鉄から読む日本の歴史』(講談社学術文庫。『鉄の生活史』文庫化)は比較的入手が楽である。図版も多くとくに炉やフイゴ、タタラの複雑な構造が良く分かる。

 また、鉄器製造民と神話、武具としての鉄器伝承、なかでも古墳時代に流通した半完成品の鉄挺の考察、近世の輸入鉄である南蛮鉄の意外な製造工程と刀鍛冶の対応など、昨今の浅薄な日本刀ブーム本にはない、民俗学上の手堅い視点から語られる文章は、「鉄」の初心者にも理解しやすい。お勧めである。

(窪田蔵郎著、講談社学術文庫刊、1177円)

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 書店の本棚にある至極の一冊は…。同欄では選者である濱口桂一郎さん、三宅香帆さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週おすすめの書籍を紹介します。

小説家 東郷 隆 氏

選者:小説家 東郷 隆(とうごう りゅう)

 歴史・時代小説家、1951年、神奈川県横浜市生。主な作品に、『とげ抜き万吉捕物控』シリーズなど。最新刊に『病と妖怪 予言獣アマビエの正体』。受賞歴に、『大砲松』での第15回吉川英治文学新人賞(93年)など。

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令和4年7月4日第3359号7面 掲載

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