【GoTo書店!!わたしの一冊】第27回『ヒグマ学への招待〈自然と文化で考える〉』増田 隆一 編著/小菅 正夫

2021.07.21 【書評】
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共存を考える契機に

増田隆一編著、北海道大学出版会刊、3960円(税込み)

 今年6月18日、札幌のテレビ局は早朝から、住宅街を走り回り、次々と人を傷つけたヒグマの様子を繰り返し伝えていた。このヒグマは中型の若いオスで、丘珠空港裏の草地へ逃げ込み、背の高いイタドリの茂みに身を隠したところをヘリコプターの低空飛行で追い出され、待ち構えた猟銃で射殺された。

 丘珠と聞いて、1878(明治11)年に起きたヒグマ事故を思い出した。冬眠中のクマを撃ち損ねた猟師が逆襲されて死亡、クマは札幌市内を逃げ回り丘珠で民家に突入して2人を殺害した後、射殺された事故である。

 北海道の開拓時代から、ヒグマは道民の心に恐怖の存在として染み付いていた。当時の北大教授でさえ「ヒグマは人間の敵、文化の敵」と公言し、行政も山奥で冬眠中のヒグマを駆除するという撲滅政策を実施。個体数は激減し、絶滅が心配される状況を迎えた頃、ようやく道庁は共存政策へと転換した。

 ヒトとヒグマとは共に雑食性で、暮らしぶりも似ている。圧倒的に強いヒグマとどのように共存すれば良いのか。それは人間側の問題である。ヒグマはただ自然界に君臨しているだけで、人間に闘いを挑んでいるわけではない。我われがヒグマのすべてを理解しなければ、到底この小さな島に住む520万もの人間と1万頭前後といわれるヒグマとの共生は不可能である。

 北大では2003年後期から全学授業として「ヒグマ学入門」を開講し、教室は学生たちで溢れている。その教科書として06年に『ヒグマ学入門』が出版された。ヒグマを動物学、博物学、歴史学等のほか、行政や保全なども含めた多くの分野の研究者が多角的な観点から分析した。そして昨年3月、学生ばかりでなく一般社会への啓蒙書として刊行されたのが本書である。

 3部構成となっており、第1部ではヒグマの生物学的特徴を紹介する。続く第2部は「文化の中のヒグマ」について。世界のクマ信仰から始まり、イヨマンテとして有名な熊送り、アイヌ民族の自然観、八雲発祥の熊の木彫りになどに言及する。研究者5人が語る「人間側から見たヒグマの姿」は、興味をそそられる。

 最後の第3部では、ヒグマとの共存について、5人の研究者による提言が紹介されている。北海道のヒグマ対策最前線にいる学者が語るヒグマ保護管理の歴史と将来には、当事者としての覚悟が読み取れる。冒頭に述べた市街地に現れたヒグマを的確に駆除し得たのは、その成果であることを読者は納得させられるだろう。

 編者と執筆者15人は、それぞれに深くヒグマにかかわって来た人であり、随所に散りばめられた「経験に裏打ちされた熱い言葉」を読めば、きっと読者の気持ちはヒグマとの共存へ向かうだろう。編者は、誰にでもできる自然保全活動は「ヒグマとは何か」「自然とは何か」を考えることだと語っている。評者もそのことを身近にいる人々と語り合ってもらいたいと願う。多くの人に読んでほしいヒグマの専門書である。

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北海道大学 客員教授
小菅 正夫 氏

選者:北海道大学 客員教授 小菅 正夫(こすげ まさお)
獣医師、元旭山動物園園長。2015年からは札幌市環境局参与(円山動物園担当)。

 同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。

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令和3年8月2日第3315号7面 掲載

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