【GoTo書店!!わたしの一冊】第42回 『光炎の人』木内 昇 著/大矢 博子

2021.11.18 【書評】
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技術進歩は何のため?

 ここしばらく落ち着きをみせている新型コロナウイルスの感染者数。このまま第6波が来ないことを祈るばかりだが、この災厄を通して実感したことがある。技術の進歩だ。

 たとえばリモートワークのためのアプリや通信環境の整備。たとえばワクチンのネット予約。もちろんそれぞれ課題や問題はあったが、「会社に行かなければ仕事ができない」「予約はすべて電話」という状況だったら、感染はさらに爆発し、医療現場は今以上に混乱していただろう。短期間でこのシステムを作り上げた技術者には感謝と尊敬しかない。

 これはコロナ禍に留まらない。今の便利で快適な生活は、多くの技術者たちのあくなき探究心と懸命の努力の賜物である。

 だがその便利な暮らしは、時として人類に牙をむく。電気は今の生活に不可欠だが、東日本大震災での原発事故は多くの人から故郷を奪った。20世紀を代表する科学者、アインシュタインとオッペンハイマーの研究は原爆開発に利用された。

 技術は何のために進歩させるのか。人はそれをどう使うべきなのか。そんな問題を考えさせてくれるのが、木内昇『光炎の人』だ。

 物語は明治30年代の徳島県から始まる。貧しい葉煙草農家の息子、郷司音三郎は友人が就職する工場を見学し、生まれて初めてみた〈機械〉に大きな衝撃を受ける。

 鉄の塊が誰の手も借りずに動き、人間以上の速さと正確さで煙草の葉を刻んでいるではないか!

 疲れを押して地道に葉煙草を刻む家族を、音三郎は思った。機械があれば、辛い仕事を肩代わりしてくれる。みんなの暮らしが楽になる。そして音三郎は自らも工場に就職し、機械や電気の勉強に没頭していく。

 しかし物語は思わぬ方向へ舵を切る。様ざまな技術者と知り合い、様ざまな理念を吹き込まれた音三郎は、いつしか「人々の暮らしのために」という初心を忘れ、安全より新技術を優先させ、優れた製品を作ることだけに没頭していく。何のための、誰のための開発なのかを置き去りに、暴走する野心に搦め捕られる。そして彼は戦争に向かう時代の流れに巻き込まれることになる。

 徳島、大阪、東京、満州と舞台を移しながら、明治から昭和までの激動の時代を描いた本書。人は技術革新にどう向き合うべきなのかという重い問いを読者に投げかけてくる。

 音三郎はどこで間違ったのか。あるいは、何が音三郎を誤らせたのか。どんな技術もそのスタートには「暮らしを豊かにする」という純粋な希望があったはずだ。その初心を歪めてしまうものの正体は何なのか。

 それは決して技術者だけの問題ではない。その時代が、社会が、政治が、人のエゴと思惑が、科学技術の使い方を決めていく。それがとても怖ろしい。

 AIが人間にとって代わる時代が近いといわれる。それは機械が人の仕事を奪うのではなく、人は人にしかできない仕事に注力する時代が来るということだ。その時、人が真っ先にしなければならないことは、「何のための開発か」という初心を思い出すことなのかもしれない。

(木内昇著、角川文庫刊、上下各924円税込み)

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書評家 大矢 博子 氏

選者:書評家 大矢 博子

同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。

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令和3年11月22日第3330号7面 掲載

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