【GoTo書店!!わたしの一冊】第21回『さんばん侍 利と仁』杉山 大二郎 著/神楽坂 淳

2021.06.03 【書評】
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商売人の基本は「中品」

杉山大二郎著、小学館文庫刊、836円

 『さんばん侍』という作品がある。まだ新人の書いた時代小説だ。経済問題、藩政を扱っている。

 最近、少しずつ台頭してきているジャンルではある。簡単にいえば、潰れかけた藩の中核を担っている商家の汚職と、藩の逼迫した経済をどう立て直すか――という話だ。

 経済といっても、この小説のポイントは「幸せ」である。

 「人を幸せにするのが儲けるための道である」と、様ざまな人物がいう。商売の基本が「幸せ」というのが非常に重要なテーマである。

 上品といい、中品といい、下品という。現代では「中品」という言葉はなくなったが、作中の主人公はまさに「中品」だ。

 自分のことしか考えられない人間を下品。かかわる人間の幸せを願うのは中品。天下万民を思うのは上品。人間はなかなか上品まではいかないが、商売人の基本は中品だろう。自分を大切にするように相手も大切にする。

 「がんばれ」と、自分にいうように相手を応援できる。そういう心を商売にぶつけようという小説である。

 もちろん危険な賭けは大きな商売にはつきものだ。失敗すれば自分だけではなくて藩まで崩壊してしまう。

 何もしなければ自分「だけは」傷つかないというときに、腹をくくって商売できる人間が「商売人」である。雇われていれば楽でいられるところを火中の栗を拾うからだ。

 そういった主人公に対して、店の売上げからキックバックを貰っている「番頭」が登場する。もちろん、いけないことである。しかし、番頭が「汚職」をしなければ店がつぶれていたという事情もあった。

 店を存続するために悪に手を染め、やがてそれが日常になって心が麻痺する。店のためではなくて「汚職のシステムのために」汚職を繰り返していく。

 主人公に問い詰められて店を去るのだが、個人的には「義のために悪を行う」このキャラクターが一番愛しく感じられる。

 泥を被らなければ大切なひとが路頭に迷うときに悪に手を染める人間は、悪いかもしれないが愛しいと思う。

 「義」と「悪」の愛しさを、経済を通して描いてある小説だ。まだ粗削りなところもあるが、一読するのは悪くないのではないだろうか。

 現在は2巻まで出ていて、これでセットである。1巻は良いところで切れてしまっているので少々やきもきする。しかし、小説は1巻であまりにも綺麗に終わってしまうと、次を買う気持ちがなくなる場合もあり、作者の計算かもしれない。

 小説には「皮膚感覚」というものがあって、この感覚の強弱や距離感によって作家の個性や小説の主人公と読者の距離感が決まってくる。この作者は、ベタつきすぎない適度な距離をもっている期待の新人だ。

 ごく少ない例外はあるものの、今は出版不況で新人が小説を書き、ヒットするのはとても大変だ。1冊でも売れると寿命が伸びるかもしれない世界だけに、興味をもたれたら是非、応援して買ってみてもらいたい。

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選者:時代小説作家 神楽坂 淳(かぐらざか あつし)
 主に時代小説を書いている。主な著作は「うちの旦那が甘ちゃんで(講談社)」「金四郎の妻ですが(祥伝社)」「うちの宿六が十手持ちですいません(小学館)」など。

同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。

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令和3年6月14日第3308号7面 掲載

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