【GoTo書店!!わたしの一冊】第2回 沢村忠に真空を飛ばせた男:昭和のプロモーター・野口修評伝/角田 龍平

2021.01.14 【書評】
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大晦日との“条件関係”

細田昌志著、新潮社刊、2900円+税

 「紅白歌合戦」(NHK)、「ガキの使い」(日本テレビ)、「ボクシングWBOスーパーフライ級タイトル戦」(TBS)、「格闘技RIZIN」(フジテレビ)。大晦日の夜を彩るテレビ番組をザッピングしながら、刑法の因果関係論を想起した。犯罪が成立するには、実行行為と結果との間に「あれなければこれなし」という条件関係が必要だ。驚くべきことに大晦日の特番は全て、知られざる昭和のプロモーター・野口修と条件関係が認められる。

 野口の父・進は、戦前の日本ボクシング黎明期のトップ選手だった。終戦後、四国の新居浜で三迫仁志を見出した進は、愛弟子と共に上京して、「野口拳闘クラブ」を設立する。父の死後、野口は家業を引き継ぐが、同ジムが日本ボクシング界に遺した功績は大きい。三迫自身は世界王者になれなかったものの、名伯楽として輪島功一ほか二人の世界王者を育成した。大晦日に井岡一翔と田中恒成の一戦を中継したTBSと蜜月関係を築き、同局で放送された数多の世界タイトル戦をプロモートした協栄ジムの金平正紀も野口ジム出身だ。「野口なければボクシングなし」。

 「紅白歌合戦」の裏番組として総合格闘技が放送されるようになって久しいが、そもそも総合格闘技の源流はどこにあるのか。K-1の創始者である石井和義は、本書で筆者に次のように語っている。「日本の格闘技の歴史で一番のターニングポイントと言えるのは、昭和三十九年の大山道場とムエタイの他流試合でしょうね。(中略)あれこそが、プロ格闘技の走りなんですよ」。石井のいうタイ式ボクシングと日本人の空手家の対抗戦を企画したのが、他ならぬ野口だった。「野口なければRIZINなし」。

 そして、バンコクでの対抗戦の成功に気を良くした野口が、ムエタイを「キックボクシング」として日本に輸入しなければ、「ガキの使い」の罰ゲームでタイ人が芸人の尻を蹴り上げる「タイキック」も存在しなかった。「野口なければ“ガキ使”なし」。

 「真空飛び膝蹴り」の沢村忠をスーパーヒーローに仕立て上げ、キックボクシングの一大ブームを巻き起こした野口は、芸能界に参入する。野口プロモーションが最初に手掛けた芸能人は、銀座の高級クラブ「姫」のママで作詞家の山口洋子から紹介された三谷謙という歌手だった。クラブやキャバレーの弾き語りで日銭を稼いでいた三谷は、歌手生命を賭けてオーディション番組「全日本歌謡選手権」に出演。審査員の山口にその歌唱力を高く評価されていた。三谷は、「姫」の常連客だった作家の五木寛之にあやかり「五木ひろし」と改名。昭和46年に、山口の作詞した「よこはま・たそがれ」でデビューすると、野口の辣腕で瞬く間にスターダムを駆け上がり、同年の「紅白歌合戦」に初出場を果たす。49年後の大晦日、五木は前人未踏の50回連続出場という金字塔を打ち立てた。「野口なければ紅白なし」。

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角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平 氏

選者:角田龍平の法律事務所 角田 龍平(すみだ りゅうへい)
76年生まれ、京都弁護士会所属。テレビ、ラジオなどでも活躍中。

 同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。

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令和3年1月18日第3289号7面 掲載

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