【GoTo書店!!わたしの一冊】第3回『何者』朝井 リョウ 著/大矢 博子

2021.01.21 【書評】
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SNS世代の“就活苦”

朝井リョウ著、新潮文庫刊、630円+税

 昨年からのコロナ禍は、学生の就活や企業の採用計画にも大きな影響を与えた。合同説明会やインターンシップの中止、オンラインへの急な移行。このような事態は初めてで、採る側も採られる側も手探りだったのではないだろうか。

 それでも別の見方をすれば、オンラインが発達した現代だからこそ、まだ打つ手があったともいえる。

 私は昭和の終わりに就職した世代だが、ネットなしでは成り立たない今の就活の様子には隔世の感がある。だが就活生が直面する苦悩は時代を超えて普遍だ。就活生のその苦悩を今のネット社会と絡めて描いたのが、朝井リョウの『何者』である。2013年の直木賞受賞作だ。

 就活に挑む若者5人を中心に物語は進む。留学経験を武器に有名企業ばかり狙う者、家庭の事情に振り回される者。まったく準備してなかったのにスルスルと面接まで行く者がいる一方、なかなか先に進めない者もいる。就活に興味はないとうそぶく者もいる。

 そんな彼らが一様に直面するのは、「たいしたものではない自分を、たいしたもののように話し続けなければならない」という就活のジレンマだ。現実の自分と、他人にこうみられたい自分の乖離に学生たちは懊悩する。

 就活で「演じる」のは、ある意味普通のことだ。だが彼らの中には友人に対しても「こうみられたい自分」を演じる者がいる。その描写が興味深い。

 SNSではデキる自分をアピールするアカウントと、本音をぶちまける隠しアカウントを持つ。友人の内定を祝福しつつ、こっそりその会社の悪評を検索する。就活に懸命な仲間をバカにして一段上にいるような態度を取りつつ、陰で焦って試験を受ける。落とされたときには、行きたい会社ではなかったと理論武装する。朝井リョウは、そんな就活生の表と裏をリアルにあぶり出す。

 ここにあるのは、まだ何者でもない若い彼らが、何者かになりたがって足掻く姿だ。企業であれ友人であれ、何者かにならなければ人に認めてもらえないという悲鳴だ。

 現実の自分と理想の自分の乖離――これは就活に限らない。年齢を問わず誰もが抱いている葛藤だ。だが人生で初めてそれが浮彫りになるのが、就活なのだ。それを通して著者は、選ばれない悔しさや何者にもなれない焦りを就活生以外の読者にも思い出させる。だから本書の登場人物を愚かだと切り捨てることができない。皆、同じ道を通ってきたのだから。

 時代や状況が変わっても就活生の葛藤は変わらない。だが容易に自己演出できるSNSに馴染んだ今の世代にとって、その苦悩は昔よりも大きくなっている気がする。

 なお、同じ著者による『何様』は、本書の登場人物によるスピンオフ短編集である。中でも表題作は、入社して人事部に配属された主人公が、採られる側から採る側になって戸惑う物語だ。併せてお読みいただきたい。

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書評家 大矢 博子 氏

選者:書評家 大矢 博子(おおや ひろこ)
88年、民間気象会社に入社。96年に退職後、書評家に。著書に『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)など。

 同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。

令和3年1月25日第3290号7面 掲載

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