【ひのみやぐら】「失敗」から考える

2019.01.09 【社説】
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 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」――元プロ野球選手・監督の野村克也さんがよくいっていた言葉で、印象に残っている人も多いだろう。実は野村さんの創作ではなく、江戸時代の大名で剣術の達人、松浦静山の剣術書「剣談」からの引用だそうだ。まあ、ここは主題ではない。

 スポーツにせよ、遊びにせよ、勝負ごとで勝ったときに、どうして勝ったのか自分でも分からない不思議な体験をしたことはないだろうか。逆に負けたときには、何の理由もなく負けるわけではない。何か負けるだけの要素があるものだと考え、次に勝つため、どうすればよいか自分なりに頭をひねる。

 勝ちを成功、負けを失敗に置き換えても同じことがいえる。仮に仕事の一場面とする。成功は偶然の産物であることが少なくない。幸運が連続することで成功につながることがあるにもかかわらず、人間というものは不思議と成功体験を振り返らないで、根拠のない自信や自分の努力の賜物と思い違いをする。振り返らないので、成功体験から学ぶことは少なく、結局は次の失敗への布石となってしまう。逆に失敗に不思議な失敗はない。失敗するべくして過ちを犯す。不思議がないのを分かっているからこそ、次は失敗しないための考えをめぐらせる。

 安全衛生活動でいえば、失敗の最たるものは労働災害といえる。災害が発生するのは、不思議なことではない。労働災害は労働者の不安全行動や設備対策、教育の不足、潜在危険の未発掘などさまざまな要因がある。「災害事例は貴重な教訓」と認識しているからこそ、安全衛生担当者は再発防止のために対策を講じていくわけだ。

 過去の労働災害は後世に伝えていきたいところだが、会社組織というものは人の入れ替わりがあり、なかなか難しい面がある。そのなかで、災害の記憶は薄れ、意識の低下が起こりかねない。記憶の風化は再び同じような災害が起こる要因を作り出す。安全担当者は、過去の労働災害を忘れないようにする工夫を講じる必要がある。なぜ失敗したかをきちんと考えるために。

平成31年1月15日第2322号 掲載

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