【GoTo書店!!わたしの一冊】第45回 『鳥辺野心中』花房 観音 著/角田 龍平

2021.12.09 【書評】
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二択のミスが続くホラー

 著者の近刊『ヘイケイ日記 女たちのカウントダウン』(幻冬舎)に、〈「不倫しても人気者」がいた時代はいずこ〉という章がある。

 大正時代、芸者や娼婦などの職を転々とした後、女中として働いていた料亭の主人・石田吉蔵と恋仲になった阿部定は、愛欲の果てに吉蔵を殺めたにもかかわらず、世間の人気者になった。

 大島渚監督の『愛のコリーダ』をはじめ、阿部定事件を題材にする作品も多い。旭堂小南陵の講談『阿部定』を聴いた著者は、小南陵演じる阿部定から発せられる色気に呑み込まれたという。

 そして、〈阿部定がやったことは、それこそ「不倫、浮気、略奪」、しかも犯罪ではあるけれど、羨ましいと思う自分がいた。結婚して子どもを産み家族を作り、ひとりのパートナーと平和に暮らす「女の幸せ」よりも、破滅的な阿部定の「女の幸せ」に焦がれてしまった〉と正直にその心情を吐露する。著者には、したり顔で正解をいうワイドショーのコメンテーターは務まりそうにない。

 そもそも、著者は正解を出す人間に興味がない。『ヘイケイ日記』からの引用を続けよう。〈不倫はいけない。人を傷つける。わかっている。でも、人は正しく生きられない生き物だ。そのために法律やルール、道徳がある。人が欲望のままに生きると、世の中は無茶苦茶になる。でも、私が書きたいのは、正しい人ではなく、わかっていても道を踏み外し、苦しみ悩みながらも、快楽に身を沈める幸せを選択する人たちだ。道徳の教科書を書いているわけではない。だから、「私は正しく生きています!」なんて顔をして、他人の不倫を断罪するようなまねが、できるわけがない〉。

 『鳥辺野心中』も、簡単な二択を間違える者ばかり登場する。風光明媚な京都の東山を舞台に、欲望まみれの人間が繰り広げる愛憎劇は、『京都ぎらい』(朝日新書)の井上章一に「官能界の山村美紗」と言わしめた著者の真骨頂である。

 主人公の樋口は、大学卒業後に就職した会社をすぐに辞め、父親のコネで京都の私立の女子校に再就職した国語の教師だ。その仕事ぶりは、教え子の中学生の音葉に「授業中でも、つまらなそうに教壇に立ってるやろ。この仕事、おもしろないけど、とりあえず言われたことをやろうってのが態度に出てるねん」と看破される体たらく。

 樋口は、母親が自死したばかりの音葉の自宅を訪れ、少女の不幸への同情に酔いながら涙を流して抱きしめる。その温もりが忘れられない音葉から愛を告白された樋口は、上村松園が描いた『焔』の女を彷彿とさせる含みのある少女の笑いに怖気づき、逃げるように同世代の女性と見合い結婚をする。やがて大人になった音葉と再会した樋口は、簡単な二択を次々と間違えていく。正しく生きられないふたりが辿り着いた先は、古来の葬送地・鳥辺野だった。

 本書は、本編のみならず、樋口の過ちを刑事裁判で弁護人が提出する弁論要旨の方式で弁護する解説も秀逸だ――などと2年半に及ぶ本紙での連載を自画自賛で結ぶのも、きっと不正解に違いない。

(花房観音著、コスミック文庫刊、693円税込み)

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角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平 氏

選者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平

同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。

 

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令和3年12月20日第3333号7面 掲載

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