【ひのみやぐら】震災の記憶を風化させない

2017.02.24 【社説】

 東日本大震災発生時、小職は会社で記事作成をしていた。長く大きな揺れが続き、ロッカーや机の上の物が落ちてくる。本棚が倒れそうになったので、必死で押さえていたのを思い出す。電車が運休となり家に帰ることができず、たまたま近くに弟が住んでいたので一晩世話になることにした。弟宅に向かう途中の川越街道は、家路を急ぐ帰宅困難者と車で大混雑し、深夜になっても喧騒が止むことはなかった。目に映った非日常的な光景に「今は非常事態なんだ」と強く認識させられた。

 早いもので、震災発生から6年が経つ。人間の記憶力とは非常に頼りないもので、時間の経過とともに確実に記憶との距離ができる。もしくは悲しい記憶や辛い出来事は、脳が封印してしまう仕組みになっているのだろう。被災地では、今も傷が癒えていない人が多いかもしれないが、被害が少なかった地域では、徐々にではあるものの震災の記憶が薄らいでいる。記憶が遠のくのは仕方のないことだが、震災の風化は防がなければならない。人間が持つ、忘れるという〝能力〟が前に進むために必要なものだとしても、100年、200年先の人たちに向けて、語り継がなければならないことがある。

 3月11日を迎えるに当たり、特集Ⅰではネクスコ・メンテナンス東北の大槻法雄係長に当時の活動の様子を執筆していただいた。被災場所の最前線で復旧を行う作業者も被災者であることに変わりはない。余震が続くなか、家族や親戚の安否を気にしながら、早期復旧を求められるプレッシャーは相当なものがあったはずだ。そのような通常ではない状況のなか、メンタル面をケアするために効果的だったのは、日々の作業前後の労いの言葉と現場主義だったという。日ごろから信頼関係が構築されていたからこそ、有事でも落ち着いた対応が可能となったそうだ。

 同社の経験から、非常事態が発生したとしても、日常から声をかけあいながら作業を行い、訓練や教育を怠らないようにすることがいかに大切であるかが分かる。

 有事の際、適切に対応するためには何が必要かを示した、後世につなぐ貴重な報告だ。

掲載 : 安全スタッフ 平成29年3月1日第2277号

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