【道しるべ】全国安全週間 平素とはひと味違った演出も

2013.07.01 【社説】

 7月1日~7日は全国安全週間である。人命尊重の基本理念のもと、産業界での自主的な労働災害防止の推進、一般の安全意識の高揚と安全活動の定着などを目的に昭和3年に始まってから、今年で86回目を迎えている。

 その安全週間だが、ルーツをたどると大正8年に安全運動の先覚者(蒲生俊文ら)が呼びかけて東京市と隣接町村で催された週間行事にまで遡るという(中央労働災害防止協会編「安全衛生運動史」より)。かつてといっていいぐらい前のことになるが、小欄でも「運動史」中の記述を借りながら週間初日の様子を紹介させてもらった。

 「ビラ・ポスター・小旗が街にあふれ、講演会、展覧会には多数の人が集まった。歌舞伎座では六代目菊五郎が台詞に『きょうは安全週間!』のアドリブを入れて喝采を浴び、浅草のオペラ座でも『安全週間』一幕二場が上演されている。東京日日新聞も『今日から一齋に安全、安全』の大見出しで、『災害が全く起こらぬ様に努めませう』と1ページ全面で報じ、正に〝帝都をあげて〟の観を呈した」――。

 当日のお祭り騒ぎのなかで、人々の胸中に去来した「安全」への想いがどのようなものであったかは量(はか)りにくいが、恐らくは市民生活レベルの防災・防犯感覚であって、産業安全にまでは意識も及んでいなかっただろう。が、であるにしても、祝賀ムードもどきのなかでの安全一色の催しや気運の盛り上がりは夢物語を聞くようで、そんな時代(とき)もあったかの感を抱かざるを得ない。また、一方では夢見のついでに、今の時代にも人びとがこぞって参加し「いっせいに安全、安全」と唱和し合うような催しがあればと思わぬでもない。

 現在の全国安全週間行事にもその種の趣旨が含まれ企図されてはいるのだろうが、以前にあったようなお祭りムードは影をひそめ、概して地味に粛々との印象が強い。しかし、だからといってお堅い話でのアピールだけでは、せっかくのイベントも心に響かないだろう。どなただったか「安全の本質は何々をしないという〝否定〟であり、危険から遠ざかる〝消極〟である」と述べられた方がいたが、この両面からはアクティブな安全意識とか姿勢は伝わってこない。〝命の大切さを考え、負傷・疾病から身を守り〟は、安全の主題であるにしても、それを自主的な行動として現わしてもらうには、気持ちを高ぶらせて動かすような、平素とはひと味ちがった演出も要るのではないか。特に安全週間などでは、である。すでに本週間に入っていてからの遅いもの言いで申し訳ないが。

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掲載 : 安全スタッフ 平成25年7月1日第2189号

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