【本棚を探索】第38回『鶴見俊輔の言葉と倫理』谷川 嘉浩 著/三宅 香帆

2022.10.20 【書評】
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大思想家の業績を探る

 あなたは鶴見俊輔の名前を知っているだろうか。知っているとすれば、どの文脈で、だろう。

 戦後日本を代表する思想家。安保闘争での活動家。河合隼雄や桑原武夫と交流のあった京都の人文系の大学教授。丸山眞男らとともに雑誌を創刊した人物。アメリカのプラグマティズム(実用主義)の研究者。文学だけでなく漫画やドラマにも造詣の深い知識人……。切り取ろうと思えば、無数の切り口で語ることのできる人物。それが鶴見俊輔ではないだろうか。

 私自身、著作を読んだことはあったものの、どの著作が彼の代表作や入門書なのか分かっていなかった、というか誤解を恐れずにいうと分かりづらかったのである。彼の興味や活動範囲が広すぎて、ひとつの体系でまとめて理解することが困難なように感じられていた。

 そんな鶴見俊輔の仕事を、分かりやすく点と点を結び、まるで星座を見せるように、私たちに飲み込みやすい形で差し出してくれたのが本書である。「想像力、大衆文化、プラグマティズム」という3つの単語が副題として付された本作品は、鶴見俊輔の思想、そして彼の関心そのものについて整理してくれた書籍となっている。

 読み終わってみると彼の関心はたしかに、大きく区分すれば「想像力、大衆文化、プラグマティズム」の3つの軸に分けられるのかもしれない……と納得してしまう。それほどに本書は鶴見俊輔その人の解釈を、丁寧かつ整然と行ってくれている。

 たとえば鶴見は、彼の所属する研究会が開催していた文章教室で、とにかく「紋切り型」を嫌ったのだという。すでに使われている言葉から、常に離れようとする、そして自分だけの理想の文章を追い求める。理想的な文章を自分のなかに収集し、真似る。その繰り返しこそが、良い文章を書くためには必要だと考えていたらしい。本書はそのような鶴見の文章教室での姿勢から、政治状況や自身の思想に対しても同様に理想を収集していた彼の態度を導き出す。

 あらためて鶴見の文章を読んでみると、たしかに分かりづらいところがしばしば登場する。しかしそれは彼が紋切り型の言葉を避け、優等生的などこかに拠った文章を書かなかったからではないか。彼の思想そして倫理こそが、文体に表れていたのではないか。本書を読むとしみじみそう感じてくる。

 また本書の特徴は、鶴見俊輔のことを扱いつつも、現代のフィクションを用いた例示や、鶴見の好んだ『ハックルベリー・フィンの冒険』といった古典的名作文学を用いた解釈を多数行っている点である。一見遠そうに思える鶴見俊輔という人物を、私たちと同じように大衆文化を愛し、それでいて自分の信念を文章や活動に昇華したひとりの知識人として、読者に近づける。その試みは、鶴見が国内の大衆文化を語りながらベトナム戦争や政治動向について論じたように、遠近双方の場所を行き来する動きそのものだ。

 私たちは本書を読むとき、鶴見俊輔という机に向かうひとりの書き手のことを知りながら、鶴見の綴ろうとした遠い空の星座を知ることになるのだろう。

(谷川嘉浩著、人文書院刊、4950円税込)

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書評家 三宅 香帆 氏

選者:書評家 三宅 香帆
 書店の本棚にある至極の一冊は…。同欄では選者である濱口桂一郎さん、三宅香帆さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週おすすめの書籍を紹介します。

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令和4年10月24日第3373号7面 掲載

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