【書方箋 この本、効キマス】第111回 『転職の魔王様3.0』 額賀 澪 著/大矢 博子

2025.05.22 【書評】
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優良企業で離職増のナゼ

 GW明けに退職者急増というニュースがあった。しかも新卒者の割合が高いという。

 会社を辞めたい理由は人それぞれだろうが、新卒の場合は概ね似た理由なのではないだろうか。簡単に言って「思っていたのと違う」だ。

 このニュースを聞いたときに思い出したのが額賀澪『転職の魔王様』シリーズである。ドラマ化されたのでご存じの人もいるかもしれない。

 主人公は大手広告代理店でパワハラに遭い、心を病んで3年もたずに退職した未谷(ひつじたに)千晴。叔母の経営する転職エージェント会社に見習いとして就職する。

 千晴の教育係になったのは凄腕のキャリアアドバイザー栗栖。栗栖は求職者に対して極めて冷徹で辛辣。求職者たちは彼の毒舌に傷付いたり腹を立てたりしながらも、自分がなぜ今の会社を辞めたいのか、自分は会社に、ひいては働くという行為に何を求めているのか、自らの本音に次第に気付き始める――というのが全体を貫く基本構造だ。

 本書で描かれる転職したい動機は実にバラエティーに富んでいる。給与が安い、評価されないという不満に始まり、仕事内容と報酬に文句はないが会社の「ノリ」がしんどいという人物もいる。「断らない人」がキャパオーバーになったケース、短期での異動が多くキャリアが積めないという悩み、姉が転職するからなんとなく私も、という例もある。また、管理職になりたくない現場好きのやり手不動産営業マンは、傭兵のように転職を繰り返す。

 今年の2月に出た第3巻、『転職の魔王様3.0』の第3話には、まさに新卒5カ月で転職しようとする青年が登場する。評判のホワイト企業で望んだ部署に配属された。なのに「ぬるい」と言う。もっとビシバシ鍛えてもらえると思っていたのに、と。

 彼が本当に「ビシバシ」を望んでいるのかはまた微妙なのだが、面白いのは会社の人事がコンプライアンスに振り回されて及び腰になってしまっているところ。人前で誉めただけで圧力をかけられたと訴えられる。叱るのもダメ、褒めるのもダメ、どうやって若手を指導すれば良いのか。かつて社内に蔓延っていたパワハラやセクハラ、サービス残業を懸命に是正して、ルールを作って、改革を進めて、やっとホワイト企業と呼ばれるようになったのに、そうしたら若い人たちの離職が増えたのはどうしてだ。

 悩める人事担当者相手に栗栖が、不満を持っている求職者に未谷が、それぞれ話をする場面が白眉だ。何がパワハラで何がそうじゃないのか。就職した先に骨を埋める覚悟だった50歳代以上と、会社が人生の面倒をみてくれるわけじゃないことを知っている若者、そしてその間の「いつの間にか価値観が変わってきちゃった」と感じる世代。そのずれを擦り合わせるのに最も必要なことは何なのかが、この第3話で語られる。

 語り口やロマンスの描写、表紙のイラストなどから女性向けの印象を受けるかもしれないが、描かれるトピックはかなりリアルで硬派だ。転職エージェントの裏側も知ることができる、お得なシリーズである。

(額賀 澪 著、PHP文芸文庫 刊、税込924円)

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書評家 大矢 博子 氏

選者:書評家 大矢 博子

 濱口桂一郎さん、大矢博子さん、そして多彩なゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”に是非…。

令和7年5月26日第3498号7面 掲載
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