【書方箋 この本、効キマス】第42回 『奇想版 精神医学事典』春日 武彦 著/髙橋 秀実

2023.11.16 【書評】
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連想で恐怖症も克服!?

 通常、私たちは言葉の意味を調べるために辞書や事典を引くのだが、時として、そのまま読み耽ってしまうことがある。たとえば、『古典基礎語辞典』(角川学芸出版)は語源から解き明かされているので興味が尽きないし、異体字が多数収録されている『新大字典』(講談社)も、引くたびに前後の漢字が目に入り「こんな字があったのか?」と驚かされる。精神医学の分野ではスタンダードな知識を得るには『精神医学事典』(弘文堂)が最適だと思うのだが、それに似たタイトルの本書は、そもそも何を調べていたのか忘れるほど読み耽ってしまい、不思議な高揚感に襲われるのである。

 事典と称しているが、本書は五十音順ではなく、著者自身の「連想」で項目が立てられていく。冒頭は「神」。といっても神学的な説明ではなく、車のタイヤ表面の溝の模様がアラビア文字のアラーに酷似しているとのクレームがあり、メーカーが即座に回収したというエピソードの紹介。「神は思いがけないところへ、不意に姿を現す」そうで、本書全体が思いがけない連想の数珠つなぎなのだ。

 精神医学的な症例も次々と紹介されるのだが、著者にとってそれらは「精神のありようのバリエーション」であり、環境によっては「適応力を発揮する」。統合失調症も「孤独に対する耐性がきわめて強い」そうで無人島のような場所には適応しやすいらしい。

 なるほど、と感心するのだが、無人島といえば、ロビンソン・クルーソーは「ポル」(以下、カッコ内は同書の項目)という名前のオウムを飼っていた。自分の名前を自分以外の存在が発することで客観性を維持していたらしく、こうしたオウム返しを「反響言語」と呼ぶ。これは「鏡」のようなもので、アルツハイマー病の患者は鏡に映った自分を他人だと思って話しかけたりする。

 「鏡」といえば古典落語に「松山鏡」という演題があり、初めて鏡を手にした親孝行で正直者の庄助が、鏡に映った自分を亡父だと思って泣き、それを怪しんだ妻が鏡で自分の姿を初めて見て、庄助に女がいると疑って夫婦喧嘩になるという話に展開していく。

 精神医学で「強迫観念」は重要な概念だが、本書では著者自身の「確認強迫」の告白だった。タバコの火の始末が不安で、水の入ったガラス瓶の中に吸い殻を入れ、シェイクして冷蔵庫に置き、それを頬に当てて気持ちに区切りをつけたという。そこから『冷蔵庫』という写真集が紹介されたり、確認強迫を咎められて妻を殺害するサスペンス小説が書評されたり……。

 もしかすると言葉の意味とは「連想」なのかもしれない、と私は思った。言葉が何を意味するかと問うことは、何が連想されるかということ。精神を病むとは連想が停止したり暴走することだと著者は訴えているのではないだろうか。著者自身は本書を「実用性に乏しい」と自嘲するが、私などは次の言葉に救われた。

「高所平気症」

 高所に行っても平気な人を「高所平気症」と呼ぶそうで、高所恐怖症の私は膝を打った。そう、高所では平気な方がおかしい。ならば閉所平気症も冷水平気症もあるはず。平気こそが異常事態なのだ、と私は連想で恐怖症を克服できたような気がしたのである。

(春日武彦著、河出文庫刊、税込1672円)

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ノンフィクション作家 髙橋 秀実 氏

選者:ノンフィクション作家 髙橋 秀実

 濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。

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令和5年11月20日第3425号7面 掲載

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