【書方箋 この本、効キマス】第117回 『ババヤガの夜』 王谷 晶 著/大矢 博子
ヤクザ小説の女性像覆す
今月4日、日本文壇に嬉しいニュースが届いた。世界最高峰のミステリー文学賞と言われるイギリスのダガー賞・翻訳部門を、王谷晶『ババヤガの夜』が受賞したのだ。
前年1年間にイギリスで英語翻訳出版されたミステリー小説の中から最も優れた作品に贈られる賞である。日本人作家が受賞するのは史上初、アジアでもふたりめという快挙だ。
これまで横山秀夫『64(ロクヨン)』、東野圭吾『新参者』、伊坂幸太郎『マリアビートル』などが候補に入ったことがある。また今回、王谷と並んで柚木麻子『BUTTER』も最終候補に名を連ねていた。日本作品が2作同時に候補入りしたのも初めて。日本のミステリー小説の海外人気はどんどん増しているのである。
『ババヤガの夜』が日本で刊行されたのは2020年。ケンカが抜群に強い格闘派ヒロインの新道依子が、その腕を買われて暴力団会長の一人娘・尚子のボディーガード兼運転手として雇われるところから物語が動き出す。
暴力が生きがいの依子と、お嬢様の尚子。まったく共通点のないふたりだったが、少しずつ心を通わせていった。ところが父親が決めた尚子の婚約者がとんでもないやつだと分かり、ふたりはある決意をする――。
読みどころは多いが、まずこの依子の造形が良い。これまでヤクザ小説に出てくる女性は被害者か情婦、姐さんといったキャラが定番で、女性が暴力を振るうのは復讐とか正義とか、何らかの理由付けがされていた。ところが本書はそんなお約束を一切無視。依子はただ腕っ節に物を言わせるのがデフォルトなのである。しかも強い。男ならこういうキャラは珍しくないのに、ついぞ女性にはいなかった。実に痛快だ。
翻ってお嬢様の尚子は、その対極にある。服装も習い事も婚約者も、すべて父親の指示に従う。女性が〈抑圧される性〉であることの象徴のような人物だ。ところが一方的に守られるだけかなと思っていたら、そうじゃないから面白い。それまで父親の言いなりで生きてきた尚子に、ある場面でスイッチが入る。ここからはもう怒涛の展開だ。
途中、それまでの展開と無関係の場面が挿入される。中年の夫婦らしきふたりが買い物の途中で交通事故に出くわし、救助に当たるというエピソードだ。これが何なのかが最後に分かる。分かったときの驚きたるや!
エキサイティングなアクション、えげつない展開、待ち受けるサプライズ。何よりも依子と尚子の友情を超えたシスターフッドの素晴らしさ。暴力満載ではあるがかっこ良いのだ。
ダガー賞授賞式でのスピーチで王谷晶は「リアルの暴力が溢れている世界では、フィクションの暴力は生きていけません」と語った。バイオレンスアクションを楽しむことができるのは、暴力が非日常である証拠だ。平和でなくては、血や犯罪や暴力を扱う小説は生きられない。
『ババヤガの夜』という血湧き肉躍る小説を存分に「楽しめる」ような世界を守ることの大切さをあらためて教えてくれる受賞だった。
(王谷 晶 著、河出書房新社 刊、税込748円)

書評家 大矢 博子 氏
選者:書評家 大矢 博子
濱口桂一郎さん、大矢博子さん、そして多彩なゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”に是非…。