【書方箋 この本、効キマス】第43回 『役職定年』 荒木 源 著/大矢 博子

2023.11.24 【書評】
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シニアと人事の攻防描く

 タイトルの「役職定年」とはご存知の通り、一定の年齢で役職を退くことを言う。1980年代後半から少しずつ取り入れられた制度で、狙いは人件費の高騰を抑止すること、そして組織の新陳代謝と若手のモチベーションアップだ。

 だが近年、いったんは取り入れたこの役職定年制度を廃止する企業も多いと聞く。改正高齢者雇用安定法で、70歳までの就業機会の確保が努力義務化となったことなどが影響しているからだそうだ。つまり役職を退いた「後」が長くなるわけで、シニア社員のモチベーションやパフォーマンスの維持が難しくなってくるという。

 ……「聞く」とか「だそうだ」とか「という」などの伝聞ばかりで申し訳ないが、私自身は個人事業主なので、このあたりの経験も知識もないのである。だが知らないからこそ、疑問に思っていることがあった。

 それまで役付きだった大ベテランが、いきなり平社員になって給与も減るんだよね? その人たちは役職を離れたあと、どんな仕事をするの? まさか今更若い平社員と同じことはさせられないでしょう?

 もちろん会社や人によって異なるのだろうが、そういった役職定年後の、あるいは定年後の再雇用で会社に残った「役がはずれて給与も減ったシニア社員」たちと人事部の戦いをコミカルに描いたのが荒木源『役職定年』だ。

 主人公は複数の金融系企業で人事畑を歩いてきた40歳代の加納英司。彼はやる気のないシニア社員たちをリストラせよという特命を与えられて、生命保険会社・永和生命の人事部次長に就任した。

 この会社では役をはずれたシニア社員たちはろくに仕事をせず、ふらふら社内をさまようことから「妖精さん」と呼ばれていた。現代の業務に必須のパソコンを満足に扱えない、覚える気もない。サボって、ダベって、早上がり。それで給料が貰える生活を気に入っているらしい。他の社員はそんな妖精さんたちを苦々しく思っているが、元上司なので強く出られない。

 加納は彼らを辞めさせるためにさまざまな方法をとる。ところが妖精さんたちは結託してそれに抵抗する。コンプライアンスに抵触しないよう、綱渡りのような妖精さん絶滅作戦を決行する加納だったが、ある日、永和生命にそれどころではない大事件が発生し――。

 いやあ面白い。エンターテインメントとして妖精さんたちはかなり大袈裟に描かれているのだろうが(まさかリアルってことはないと思いたい)、首を切りたい側と切られたくない側の攻防をコミカルかつエキサイティングに描いていく。

 ところが終盤、思わぬ展開になるのだ。読者はおそらく、最初は加納に感情移入するだろう。こんな妖精たちは追い出しちゃえ、と思うだろう。けれど終盤、本当にそれで良いのか? と考えさせられるのだ。妖精さんたちは今でこそサボっているが、かつてはこの会社を支えてきた功労者たちではないか。

 対立や分断は何も生まない。会社とシニア社員、両方が幸せになれる方法はないのか、と物語は問いかけてくる。ラストはやや出来過ぎの感はあるものの、読後感は最高だ。わが身を振り返りつつも、スカっとする企業小説である。

(荒木 源著、角川文庫刊、税込814円)

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書評家 大矢 博子 氏

選者:書評家 大矢 博子

 濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。

令和5年11月27日第3426号7面 掲載

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