【本棚を探索】第44回『力と交換様式』柄谷 行人 著/濱口 桂一郎

2022.12.01 【書評】
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第4の“理想像”を力説

 台湾のデジタル発展担当大臣オードリー・タン(唐鳳)が強い影響を受けたという柄谷行人の交換様式論。2010年の『世界史の構造』(岩波現代文庫)で展開されたその理論を、改めて全面展開した本だ。今回は柄谷の本籍地であるマルクスの原典に寄り添いながら、彼が世の中で思われているような生産力と生産関係に基づく唯物史観ではなく、交換様式に着目して理論を組み立てていたのだと繰り返し力説する。多くのマルクス主義者が冗談だと思って顧みなかった交換が生み出す「物神」(フェティッシュ)の力こそが、人類の歴史を形作ってきたのだと彼は説く。でも、エコロジー絡みもそうだが、マルクスの真意など我われにはどうでも良いことだ。

 彼が言う4つの交換様式のうち交換様式A(互酬:贈与と返礼)、交換様式B(略取と再分配:支配と保護)、交換様式C(商品交換:貨幣と商品)までは、カール・ポランニーやケネス・ボールディングらの3類型とも共通する考え方で、すっと頭に入る。評者も2004年に出した『労働法政策』の第1章「労働の文明史」で、似たような歴史観を展開してみたことがある。

 問題は彼が4つ目の、そしてこれこそめざすべき理想像だといって提起する交換様式Dだ。正直言って、『世界史の構造』を読んだときも全然納得できず、こんなものは余計ではないかという感想を抱いた。似たような感想を持った者が多かったのだろう。そうではないのだ、交換様式Dとはかくも素晴らしいのだと力説するために本書が書かれた。残念ながらそれが成功しているようには思えない。少なくとも評者は依然として疑問だらけだ。

 原始的な交換様式Aの高次元での回復というモチーフはよく理解できる。実際、古典古代のギリシャは、先進的かつ専制的なアジアの亜周辺として氏族社会的な未開性があったからこそ民主主義を生み出したのだし、中世封建制のゲルマンも専制化したローマの亜周辺としての未開性が自由と平等の近代社会の原動力となったのだ。本書では触れられていないが、中華帝国の亜周辺の日本のその辺縁から生まれた関東武士も似た位相にあるだろう。この歴史観はほぼ100%納得できる。

 だが、第4部「社会主義の科学」で熱っぽく論じられる交換様式Dは空回りしているように思える。マルクスの弟子達が作り上げた交換様式Bによる最兇最悪のアジア的専制国家に対し、交換様式Aを復活させようとするユートピア社会主義には限界がある。だから交換様式Dだというのだが、それはキリスト教などの世界宗教が根ざしているものだという説明は繰り返されるけれども、具体的なイメージは遂に最後まで与えられない。もし本書を読んでそれが理解できた人がいるなら教えて欲しい。

 率直に言って、人類は3つの交換様式の間で右往左往していくしかないのではないか。むしろ、この交換様式こそ絶対に最高最善と信じ込んで、その原理のみに基づいて社会を構築しようとしたときにこそ、我われは地獄を見るのではないか。共同性と権力性と市場性をほどほどに調合して騙し騙し運営していくことこそ、先祖が何回も地獄を見てきた我われ子孫の生きる知恵ではないのだろうか。

(柄谷行人著、岩波書店、税込3850円)

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JIL-PT 労働政策研究所長 濱口 桂一郎 氏

選者:JIL―PT労働政策研究所長 濱口 桂一郎

 書店の本棚にある至極の一冊は…。同欄では選者である濱口桂一郎さん、三宅香帆さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週おすすめの書籍を紹介します。

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令和4年12月5日第3379号7面 掲載
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