【書方箋 この本、効キマス】第123回 『近現代詩』 池澤 夏樹 編/広瀬 大志
100年間の進化を凝縮
世の中は絶えず慌ただしく、日々の生活は忙しさで作られている。何某かの具体的で物理的な答えを導かなくてはならないということが生きるための宿命であるのなら、それは仕方ないかと諦めて暮らしているのだが、計画から成果に至る時間の繰り返しの中で、ときに息が詰まり疲れてしまうことも多い。ああ青い空を見上げたのはいつだったっけ。
慌ただしいと心が荒れてきて、忙しいと心を亡くしそうになる。旅行するにも暇がなく買い物するにも財布が軽い。少しの間でも日常の喧騒から解き放たれたいのだけれども。
そんなときに、詩の言葉と戯れるのはどうだろうか。言葉が想像した海に身体を浮かべて、答えのいらない時間の豊かさに漂っていること。それが詩を読む愉しさなのだから。
教科書の片隅にそっと載せられていた詩や、胸熱い思春期に心を震わせた詩。今でも口ずさむことのできる詩のフレーズもいくつかあるはずだ。
今年河出文庫から刊行された『近現代詩』は、日本の詩が始まり、およそ100年に渡る期間に書かれたものの中からの選集であり、詩に触れたいと望む読者にとっては、もってこいの1冊である。
この選集の画期的な特徴として、これまで詩の選集の典型的な作り方であった「近代詩」と「現代詩」という2冊分化を廃し、一気通貫での作りにしたことで、時代を超えて読みたい詩たちが1冊に収まっている。島崎藤村も萩原朔太郎も西脇順三郎も谷川俊太郎も、同じ舞台に集っているのだ。さらに従来の選集において敬遠されがちだった実験詩や長編詩も多く含まれており、詩の進化の流れも味わうことができる。
41人の詩人による75篇の詩は、語り口もテーマも詩情の持ち様も哲学も人生も、すべてが異なっている。こんなにも詩には個性があるものかと驚きもするが、いずれの詩も美しい光を放ち、力強く輝いている。
だから詩を読む私たちもさまざまな感受性に同期することができる。ノスタルジックに青春の頃を思い返すか、季節の移ろいに人生を重ねるか、強い断言に打ちのめされるか、カッコいい1行に痺れるか、感情と理性のあわいに美学を感じるか。
「汚れつちまつた悲しみに/今日も小雪の降りかかる」(中原中也)、「悲しみの彼方、母への、捜(さぐ)り打(う)つ夜半の最終音(ピアニッシモ)」(吉田一穂)、「言葉なんかおぼえるんじゃなかった(田村隆一)」、「若いときに/空を見ておけばよかった/もっと(荒川洋治)」。なんと豊穣な言葉たちであろうか。
詩を読むという時間が、具体的で物理的な答えを導いてくれることは、あまりないだろう。しかし慌ただしく忙しい日々の生活の中に、愉しさや悦びの詰まった問いを届けてくれるに違いない。
(池澤 夏樹 編、河出書房新社 刊、税込990円)

詩人 広瀬 大志 氏
選者:詩人 広瀬 大志(ひろせ たいし)
1960年生まれ。おもな詩集に『喉笛城』、『髑髏譜』、『魔笛』、『現代詩文庫広瀬大志詩集』、『毒猫』(第2回西脇順三郎賞)、共著に書評家豊﨑由美氏との対談集『カッコよくなきゃ、ポエムじゃない!』などがある。日本現代詩人会理事。
濱口桂一郎さん、大矢博子さん、そして多彩なゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”に是非…。