【書方箋 この本、効キマス】第122回 『内務省』 内務省研究会 編/濱口 桂一郎
巨大官庁の全容明らかに
新書としては異例の550頁を超える分厚さで、オビの惹句に曰く、「なんだ?この『怪物』は…現在の警察庁+総務省+国土交通省+厚生労働省+都道府県知事+消防庁…」。戦前存在した巨大官庁を、総勢25人の研究者たちが、通史とテーマ別とコラムを分担執筆した本格的歴史書だ。比類ない巨大官庁でありながら、2度の被災に加えて敗戦前の資料焼却、戦後の解体といった事情から、内務省については資料的制約が大きいため、日本近代史には必ず出てくる登場人物なのに、主人公にした著作は極めて少ない。私も、戦前の労働行政史ではその主役は内務省社会局なのに、社会局以外の内務省のことはよく知らなかった。
内務省のコアに当たるのは地方行政と警察行政だ。前者は藩閥政府による選挙干渉から、政党内閣による局長や知事ポストの争奪戦など、まさに政治闘争そのものの世界であるし、後者は特高警察による左翼や右翼の取締りで有名だ。とりわけ後者は、それが理由で戦後GHQによって内務省が取り潰されたという都市伝説が広まっていた。しかし本書を読むと、内務省には神社行政、衛生行政、土木行政、社会政策、防災行政などなど、実に広範な領域が含まれていたことが分かる。
意外だったのは通史の第4章(米山忠寬)で、通念とは異なり、既に戦前から内務省の地位は低下していたのであり、占領期の突然の解体も「最後にとどめを刺したのがアメリカ・GHQというだけのことであって、すでに戦時日本の状況の下で弱体化が進んでいたというのが実態」とした。「内務省解体による民主化」という古典的構図から脱却すべきとの指摘は新鮮だ。
テーマ編第2章の神社行政(小川原正道)では、南方熊楠が批判した神社合祀政策が、欧米型田園都市構想に基づくものであったことを明らかにしている。「床次次官も、欧米で視察した荘厳なキリスト教会に比して、全国に散在する由緒のない小規模な村社や無格社を問題視したようで、一町村一社を原則として壮麗な社殿を備えた礼拝体系を整備するよう期待し、内務省は小規模の神社を中心に合併を進め」たという。
さて、本書は内務省の膨大な所管分野をほぼカバーしているが、そこから見事に脱落している領域がある。まことに残念ながら労働行政だ。テーマ編第6章の社会政策(松沢裕作)が取り上げているのは、恤救規則から救護法に至る社会福祉行政であって、内務省社会局の第二部の担当に限られる。第一部が所管していた工場法改正や労働組合法案など労働分野が本書で取り上げられていないのは、取り上げるに値しないと思われたためか、担当できる研究者がいなかったためか。いずれにせよ、そこを掘り下げてきた私としては、もう20ページほど増やしてでも書いてほしかったと思わざるを得ない。
実は正確にいうと、社会局第一部の話題はちらりと出てくる。日本女子大学校を卒業後雇員として働いた後、工場監督官補に任用され、連日工場を臨検したダンダリン第1号の谷野せつが、女性官僚の源流として紹介されている。
(内務省研究会 編、講談社現代新書 刊、税込1650円)

JIL-PT 労働政策研究所長 濱口 桂一郎 氏
選者:JIL―PT労働政策研究所長 濱口 桂一郎
濱口桂一郎さん、大矢博子さん、そして多彩なゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”に是非…。