【書方箋 この本、効キマス】第112回 『時間・自己・幻想――東洋哲学と新実在論の出会い』 マルクス・ガブリエル 著/遠藤 ヒツジ
東西で“不変”の見方に差
「哲学界のロックスター」という異名をもち、『なぜ世界は存在しないのか』がベストセラーとなった哲学者、マルクス・ガブリエルによる新著が『時間・自己・幻想――東洋哲学と新実在論の出会い』である。本書はインタビューの書き起こしを通じて、マルクスが提唱するテーゼと東洋哲学の密接な点を紐解いている。会話調で進むため、最先端の哲学にも比較的易しく触れられる。
本書は〈私たちは現実をあるがままに見ている〉ということと〈世界は存在しない〉ということ、2点の主張を根幹に据え、新実在論を掲げるマルクスが西洋哲学だけでなく東洋哲学にも大いなる影響を受けていることを示す1冊でもあろう。同時に東洋哲学の魅力を広く一般の読者にも拡張させようとする意図が感じられる。特筆すべきは、西洋哲学が〈不変のものを探求している〉のに対し、東洋哲学は〈変わらないものが存在するという幻想はなぜ生じるのか〉と問い、不変性そのものを認めない点である。この明確な指摘に読者は目をハッと見開くことだろう。東洋における万物流転の考え、柔軟なる変化あるいは享受という姿勢は、私たち東洋に暮らす人々の美徳であり、時にジレンマでもあろう。
マルクスの根幹をなす思想は、複雑で深遠な理解を要するものと思われる。しかし、一般読者の閾値をその思想へと誘う彼の卓越した技術によって、読者は思考を一歩進めることができる。哲学とは、さまざまな思想や意見の断片をつなぎ合わせることで、自分自身の哲学を見出すことができるのだと、彼は教えてくれる。実際、この新書の中だけでも、マルクスはたくさんの哲学や思想の中から取捨選択を行い、自らの最適解から思考の遠心力を高めている。そうした点に気付かせてくれる1冊でもあるのだろう。加えて、西田幾多郎が展開した〈場所の論理〉と、マルクスが提唱する〈意味の場〉とが深く呼応している点は興味深く、巻末における松本紹圭との対談で引き合いに出されたシェリングの〈無底〉が本質的につながっていく点など、哲学に知恵ある読者にとっても挑戦的だ。
巻末の対談は、マルクスを知るための入門編でもある。彼の提唱する新実在論という立場を平易に説明しており、本書に端を発して、マルクスの数ある著作へ食指を動かすこともお勧めできる。
東洋と西洋、どちらが優れているというわけでなく、どちらも長所短所を補完する関係としてリレーションシップを結び、理解の一端とすることは哲学や思想の分野においてこそ可能となる。相互扶助を大切にしながらも、一旦そこを切り離して俯瞰することで見えてくる受像のスクリーンは万華鏡のように異なるだろう。そうした、個々には有限でありながら無数に存在する〈意味の場〉を渡り歩く思索の旅は、人々の思慮や行動を他者へと一歩ずつ近づけ、日々の生活への種蒔きとなるかもしれない。
(マルクス・ガブリエル 著、月谷 真紀 訳、PHP新書 刊、税込1320円)

詩人・作家 遠藤 ヒツジ 氏
選者:詩人・作家 遠藤 ヒツジ(えんどう ひつじ)
1988年生まれ、詩人・小説家・スポークンワードアーティスト。詩の同人「白亜紀」、「指名手配」に所属。詩集「しなる川岸に沿って」(アオサギ)で第34回福田正夫賞受賞。
濱口桂一郎さん、大矢博子さん、そして多彩なゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”に是非…。